煙草の話。【松田陣平】

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"16番のアークロイヤル"




"マールボロじゃなくてですか？"




"おう。今日はそれの気分"




珍しい。というより、松田さんがマールボロ以外を選んだことは初めてじゃないだろうか。マールボロから2つ右にあるアークロイヤルを手に取り、ガラスケースの上に置く。値段を言う前に松田さんがお金を出す。丁度ピッタリだった。







"アークロイヤル、何回か吸ったことあるんですか？"




"1回吸ったきりだ。あんな苦げぇのなかなか吸おうなんて気になれねぇしよ"






松田さんはそう伝えてガラケーをしまう。買ったばかりのタバコの包装を外して、箱を開け1本咥えた。カチャリとライターに火をつけて、タバコの先端部とキスさせたら赤が伝播し、もくもくと煙が上がる。その様子を、私はじっと見ていた。






"タバコ、吸えんの？"







煙越しの手話は見えにくかった。その問いになんて答えようか迷った。






"吸えますよ。あまり吸おうとは思いませんけど"







初めて嘘をついた。未成年で、煙草の味なんて知らないのに。匂いを嗅いで想像することしか出来ないのに。

松田さんが私の年齢を知らないことをいいことに、そう言った。なにか起こりそうな予感がする方へ足を進めた。自らなにも起きなさそうな方にゆくなんて、馬鹿だと思ったから。






"じゃ、この苦げぇ煙草を消費すんの手伝ってくんねぇ？正直これ死ぬ程苦手なんだ"





"なんで買ったんですか…"





"気の迷いってやつ"






どこか寂しげな表情を浮かべた彼に、胸を締め付けられる。
苦いものは苦手なので断ろうと思っていたが、私は彼のそういう顔に弱いらしい。何があったか知らないが、勝手に松田さんに同情して煙草を受け取った。








"火、ください"






"ちと待ってろ"






味のしない煙草を咥え、彼の言葉通り待つ。一体どんな味がするんだろうか。苦いと言っていたがどんな感じの苦味なのだろう。コーヒーのような苦味？みかんの白い部分を食べたような苦味？分からない。初めてのことに緊張する心臓が、先程からずっと騒ぎ立てている。






"目、瞑ってな"





そう指示が出されたので、目を瞑る。煙草の先端に何かが押し付けられた様な感覚がする。気になって薄ら目を開けば、松田さんの顔が至近距離にあった。それでも煙は私達を遮る。少しして彼と目が合った。やばい、なんて、怒られる訳でもないのに。






暫くして煙草が離れたあと、松田さんは妖艶に笑った。

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