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暗い。まさしく闇と表現するに値する、暗黒の世界。そのさなかに唐突にぽつりぽつりと青白い光が見えてくる。愚かで不運な深海魚はこの光に寄せられる。そしてこの宮殿に住む王族貴族にその身を貪られるのだ。
イオンのすぐ近くを一匹の魚が泳いでいく。大きな口を持った細長い身体の魚。石柱の放つうっすらとした光に寄せられたのだろう。イオンは魚をそっと撫でる。突然触られた魚は驚いたようにうねって、身をよじらせて暗闇の方へ泳いでいった。それをぼんやり目で追いかける。しかしすぐに飽きて、青白い光を放つ石柱がまばらに立ち並ぶその場所を泳ぐ。
青白い光の石柱だけが点在するその空間こそが、宮殿だった。人間の視点からすると、宮殿と呼ぶには少々物が少なすぎるかもしれないが、ここは深海で最も豊かで栄えていると呼称できる場所だった。
光の届かない深海には本来植物は存在しない。光合成ができないからだ。だがここには、石柱の光がある。この光を元に光合成をする海藻が存在しているのである。海藻には様々な生物が集まる。海藻に隠れて暮らす者。海藻を餌としている者。そしてそれらを捕食する大きな生き物。外界と隔絶されたこの海底には、独自の生態系が存在していた。
海藻の隙間を泳ぐ。この海藻の森の中でも眠ろうと思えば眠れるのだが、イオンはそれをしない。行くべきところがあるのだ。
やがてイオンは海藻に隠れている、小さな窖に辿り着く。身体を折り曲げれば入れる程度の大きさで、中には細かく千切った海藻が敷き詰められている。海藻のベッドの上には美しく磨いた貝殻や骨の髪飾りなど、食べ残しを加工した装飾品がいくつか散らばっている。イオンはそれらの装飾品を避けて、窖に身体を押し込んだ。
その小さな窖こそがイオンの居場所の寝床だった。イオンは肌を窖の壁に擦り付ける。石柱の光も外の海藻に隠れるこの窖はイオンにとって最も住みよい場所だった。暗く、狭く、冷たい。何より、自分の他に誰もいないのが良かった。
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