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生まれた時の事なんて何も覚えていない。イオンは物心ついた時から一人だった。母の顔は知らない。自分が今生きているのだから、少なくとも自分をこの深海に産み落としたその瞬間までは生きていた筈なのだが。誰に聞いても知らないとしか言われなかったから、イオンは聞くのをやめた。そもそも母にそこまで興味があるというわけでもなかった。生物にはいつも母がいるから、もしかすると自分にもいたのだろうかと、そうふと思って聞いただけだった。
「
イオンは目の前の生き物に問う。その生き物はイオンを睨み、罵声を浴びせた。文章にならない支離滅裂な単語を繰り返し叫んでいる。イオンは首を傾げた。
彼女は別段、好き好んで殺しをしているというわけではなかった。少なくともイオンの祖国であるランティス王国の民よりは、遥かに温厚で、慈悲深かった。彼女は自分の娯楽のために生き物の命を奪うような事はなかった。
ただイオンは、腹を空かせていただっただけだ。
偶然迷い込んでしまったか、あるいは何か目的があって侵入したのか……ともかくランティス王国の民ではなさそうな人魚の女だった。痩せた身体ではあったが、そこまで食べるつもりもなかったからそれはそれでイオンにとって都合が良かった。
それで襲って食べていたら、この生き物が現れたのだ。何かをぎゃあぎゃあ喚いていた。今食べている肉と似た形をしているし、恐らくはこれの子供か何かだろうとイオンは考えた。そして、どうしてこんなにも興奮しているのだろうかとも思った。それで尋ねてみたのだ。この生き物にとって、母親と思しきこの肉はなくてはならないもののようだったから。
生き物は喚く。イオンは困った。どうも、悪い事をしてしまったらしい。
「
謝罪をして肉を返す。するとその生き物はイオンへ襲いかかってきた。イオンは驚き、その生き物の頭を掴み、次の瞬間嘴で頭蓋を砕いた。脳味噌の欠片がふわりと広がり、そして底へと沈んでいく。
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