Abissale solitudine－海の底に消えた鍵－ Ⅳ (ページ30)

今日:1 hit、昨日:0 hit、合計:1,349 hit

標的146【生存報告と現状】ページ30

曰く。
　暁斗は呪幻術の事故により飛ばされた中東の端の小さな少数民族の村でリオンの父である神谷(こうや)璃蓮(りれん)とバッタリと会った。
　「娘を放ったらかしてこんなところで何をしているんだ」と睨めば、璃蓮は「娘の呪幻術の暴走に巻き込まれて、その後遺症で空間転移の呪幻術が発動してしまう」のだと説明した。
　しかも、その空間転移は転移のタイミングや転移先がランダムで、いつ・何処に飛ぶのか分からないと来たものだ。
　この村に来たのも3日前。
　海岸で倒れていたところを村の住人に捕まり、危うく食糧にされるところだった、と璃蓮は話した。
「その割には古来からの親友の様に馴染んでいるようだが？」と暁斗が呆れて返せば、「村の戦士長を一撃で伸したら何故か崇めたてられた」と本人も困惑気味に語ったという。

「何やってるんですか、お父様……」

　暁斗の話を聞いたリオンは困惑した表情で呟いた。
　殺してしまったとさえ思っていた父親の生存が伝えられ、嬉しさが勝っている筈なのに。
　食糧にされかけただの崇められただのの話を聞いてしまえば、何故かその感動が半減してしまった。
　もしかすると、余計な情報が入ったせいで半分脳死状態になったのではないだろうか。
　リオンの呟きに、同じく呆れたような声が続いた。

「知らん。
　でもまぁ、彼奴はそういう奴ですから、何も心配はいりませんよ。
　呪幻術の制御も、いずれ習得して満面の笑みで帰ってくることでしょう。
　貴女はここで、お父様の帰還を待てばいいのです」

　最後は、リオンの身を案じるかのように優しく言葉が掛けられた。
　昔と変わらない優しい声が鼓膜に響く。

「可能であれば、連れ帰ろうとも思ったのですが……僕の救援が来る前に彼はまた、空間転移してしまいましてね。
　今はまた、何処にいるのかも分からなくなってしまいました」
「そう……ですか……」

　暁斗の報告にリオンは濃い睫毛を伏せる。
　非常事態であることには変わりなく、暁斗からの話を聞く分には、まだ璃蓮が100％生存して帰ってくる望みは薄かった。
　いつ・何処に・どのタイミングで転移するのか分からない状況。
　それは、もし、水深1000メートルの深い海の底に転移してしまったら？
　もし、活火山の火口に転移してしまったら？
　上空数千メートルの空の彼方なら？
　そういう状況を想像してしまったリオンは、背筋が冷えるような心地がした。