Abissale solitudine－海の底に消えた鍵－ Ⅳ (ページ22)

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標的138【二つの約束】ページ22

「……僕は。
　呪幻術師であるお母様と、騎士であるお父様と約束したことが二つある」

　ぽつり、と静寂の中にリオンの声が落ちた。
　リオンの手は無意識に自身の左手首――そこには、形見のブレスレットがある――に触れる。
　袖の上から留め具を撫でるリオンの目は酷く感傷的だった。

「一つは、力の使い方。
　僕は生まれながらに身の丈に合わない力を宿して生まれたから、その力の使い道を誤らない事。
　もう一つは、“ヴェルベーラ・ヴァルフォア”としての責務。
　ヴェルベーラの家系は、王家にこそ仕える近衛家令の家系。
　王家を守護し、民を守ることが責務。
　一般人を裏社会の人間の脅威から守る事も使命だ。
　強い力を持つからこそ、力を持たない人間を守れ、と。
　その二つが、幼い頃から両親から言い聞かせられていた約束事だ」

　リオンは尚も語る。
“僕が彼らに手を出すことは、丸腰の人間に武力を用いて襲撃する事と同義”。
“それでは彼らと同じ土俵に立ったことになるのだ”と。
　それは、一般人に溶け込もうとしたリオンなりの信念なのかもしれない。

「僕は、化け物だから……」

　最後にリオンの口から漏れ出た言葉。
　それは、本人が意識しない内に出てきた本心だった。

　その呪いの姿を見た人間は言った。
“異質の化け物”だと。
　その力を目の当たりにした人間は言った。
“化け物だ”と――。

　何度も言われた呪いの言葉。
　リオンを縛り付ける呪詛。

　泣き笑いのような表情を浮かべるリオンが痛々しく、そして、不謹慎ではあるがそんな表情さえも美しく感じて、雲雀は息を吞む。
　今の雲雀には、気の利いた言葉を言えるような語彙はなく。
　それもそうだ。
　今まで、誰かを慰めた経験もなければ、誰かの心に寄り添った経験もないのだから。
　そんな彼が、リオンにどんな優しい言葉を掛けられようか？

　優しい言葉を掛けたいと、傷ついた心に寄り添いたいと――そう思った人間は、リオンが初めてなのだから。

　しかし、体はこの時どのような行動を取ればいいのか知っているかのように。
　まるで、その行動は遺伝子に組み込まれているのかと錯覚するように、ごく自然に動いた。

「恭……？」

　雲雀の突然の行動に大きく目を瞠る、リオン。
　いつかしてくれたように、雲雀はリオンの頭をその胸に無造作に引き寄せた。

　ドクン、ドクン、と規則的な鼓動が聞こえる。
　息を吸う度に雲雀特有の匂いが肺を満たした。