side H ページ12
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「何か、作って下さい。」
そう言って、バーテンダーを見ると…
「かしこまりました。」
右の口端を上げて微笑んだバーテンダー…カズさん。
やがて、滑らされたグラスが…マティーニだった。
「左利き、なんですね。」
「えっ…」
マティーニを作る彼の手元を見ていて、別れた彼女を思い出し…知らず知らず呟いていた一言に、驚くカズさん。
だけど…彼が俺に返した言葉は、意外過ぎるものだった。
「字は、右ですよ。」
「えっ？」
驚いた表情(かお)で、彼を見つめる俺に…少年のような笑顔で、言葉をつなぐ。
「左利きって、“器用”って言われるんですよね。」
「あぁ…」
「でも、“本当の器用は、両利きだ！”って。親に徹底的に仕込まれちゃって。ウチの親、独特でしょ？」
「……フッ！」
両眉尻を軽く上げながら茶目っ気たっぷりに微笑(わら)う彼の、潤みがちな両瞳を見つめる内に…思わず、吹き出していた。
その後しばらく…彼の巧みなトークに笑わせてもらいながら、愉しく飲んでいた時だった。
「こんばんは。」
突然の…
少し低音の柔らかな声に、顔を向けると…
艶やかな黒髪の、パンツスーツ姿の女性が…カズさんに笑顔を向けていた。
「おぉ。珍しいじゃない、こんな時間に。」
「残業だったからねぇ〜。」
「疲れた感、ハンパねぇな。メシは？ ちゃんと食ってんの？」
「………」
「お前ねぇ。また倒れても、知らねぇぞ。」
「大丈夫。元気だもん。」
「“だもん”じゃねぇわ。仕事バカが。」
「酷くない⁉ せっかく、久々に飲みに来てあげたのに！」
「恩着せがましいわ！」
バーテンダーと客…その域を遥かに超えたやり取りを、ただ唖然として見つめていた俺に、カズさんが気付いた。
「A。こちら、登坂広臣さん。知ってんだろ？」
カズさんから小声で紹介を受けた俺と、彼女の視線が…交わった。
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作者名：愁(ｼｭｳ)
作成日時：2016年7月27日 16時
