episode.90 ページ20
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「……センラさん、いらっしゃいますか」
響いたノック音と弱々しい声。それには妙な緊張感が含まれていた。返事をしようとしたけれど、喉から何故か声が出ない。喜びの声も、達成感でいっぱいになった気持ちも、全部喉奥につっかえて吐き出せない。
「センラさん、入りますね」
"失礼します"と開いた扉の奥にはには、心底顔色の悪いAがいた。血生臭いに一瞬顔を歪ませた後、俺を見た。
血と罪悪感で塗られた俺を。
「……っ!!」
Aはすぐに駆け寄ってきて、必死に彼女の名前を呼ぶ。手をとって、目に涙を浮かべながら。まるでおとぎ話のように、王子が姫の名を呼ぶように。返事のない、血塗られた彼女を確認してから、俺の方に強い憎悪の視線が投げられた。
「センラさん、死んでもらえますか?」
「…無理、やわ」
ドストレートな言葉にたじろぎながらも、拭いとれない罪悪感を噛み締める。正直Aなんてどうだっていい。あの三人だって、両親だって、大富豪の男だって、彼女の両親だって、過去だって、俺だって。
彼女がいればそれでよかった。
「…死んでくださいよ、今すぐここで。それで詫びてくださいよ、あの子に。」
「死んでも許してくれへんっちゅうのに、意味のない死やな」
「…っお前!!!!!」
突然投げられたナイフをすっと避ける。Aの渾身の一撃だったのか、怒りで興奮状態に入ったのか、彼女は少し息を荒くしている。そんな目の前の情景だって、自分が物理的に傷つけられる直前だったという事実だって、どうでもよかった。
彼女さえいれば。生きてれば。
昔言ったことを思い出した。
"お金も身分も贅沢な暮らしだって要らない。君がいればそれでいい"
なんて、馬鹿らしい。
阿保らしい。
それでいて自分に正直すぎた。
今のひねくれた自分には、そんな正直だった自分を真似できない。真っ直ぐに愛すなどできない。歪んでしか愛せない。
あぁ、何故か視界が歪むなぁ。
なんでやろ。俺、可哀想やからかな。可哀想やから、神様が殺してくれるんやろか。「可哀想に」って言って、慰めてくれるんやろうか。
地獄で。
「……死ねばいいのに」
「…」
怒るAも見えへんくなったわ。
なぁ、俺、今、どんな顔してる。
「なんとか言ったらどう…な、」
死にたそうな顔、しとる?
死ねて嬉しいって顔、しとる?
「なん、で…センラさんが泣いてるの」
俺、死ねる?
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巫鳥(プロフ) - この作品大好きです!これからも楽しみにしてます! (2019年12月29日 15時) (レス) id: 92f83285a3 (このIDを非表示/違反報告)
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