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萌ゆる雪中花 (産屋敷耀哉) ページ8

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初めて通された御屋敷は酷く伽藍堂としていて、ここでずっと過ごされている御館様は寂しくは無いのだろうかと、そんなことを考えた。私なら駄々広い空間で、なにも見えない真暗闇の中、あの様に奇麗な微笑みを浮かべられていただろうか。私なぞ御館様の足元にも及ばぬ身分だのに、なんとかなしい人、なんて勝手に思ってしまったのだ。どうしてか御館様と呼ぶのが煩わしくなった。此の方もたった一人の人間だと言うのに。私の醜い顔が黒々とした布で隠れていなければ、情ない表情をあの目で視られていたかも知れない。音も無く射貫かれでもしたら、最後だ。

隠の私が御館様と邂逅したのはあの二回だけだ。

初めてお会いしたのは私が家族を喪った時だった。私の母は売女で、ある日突然客に紛れていた頭のとち狂った鬼に喰われるだけでは飽き足らず、ぐぢゃぐぢゃにされた。あれを母だと呼ばざるを得なかった私の気持ちを誰が分かろう。優しくて、不器用だから自分の心を少しずつ切り売りして私を養う事しか出来なかった人。私には母しか居なかった、のに。髪だとか目だとか内蔵、皮膚から総てが綯い交ぜになっていて、そこら中に死臭が漂う深紅の絨毯。あんな地獄、どうして忘れられようか。私は胃の中の物を吐くことすら忘れてその場に崩れ落ちた。

それからはよく覚えていない。鬼殺隊に世話になる筈の私はてんで廃人と化してしまって、誰とも話すことなくただぼんやりと窓の外を眺めて過ごしていた。虚ろな毎日を過ごしていた私の前に可愛らしいおかっぱが良く似合う女の子に寄り添われた男の人が現れた。私はなんと運が良かったろうか。白く濁って居るのに、その目は私よりも耀いて見えた。御館様は私の寝台の傍に跪き、薄く奇麗な唇を開かれた。

「A、辛かったね。御母堂を守って差し上げられなくて、申し訳なかった」

別に悪くもない誰かの贖罪を聞きたかった訳では無かった。私はただ、ただ、一人しかいない家族を失ったのが何より辛かっただけだった。御館様の優しい声音に不意にぽたりぽたりと泪が溢れた。嗚咽は出なかったけれど、その代わりに流れていくものがあった。御館様が、あの方が、私を母の死から解き放ってくださった。死にたいとすら思わなかった、気付けば自分の首に手を掛けていたあの夜が、私を救って下さった御館様の為にまた新しいなにかに変えられるのなら、それならば私の命なぞ、

(吁、お慕いしております、)

貴男の為なら穢らわしい散り方でさえ身に余る。

.→←遠浅 (錆兎)



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作者名:con x他1人 | 作成日時:2020年1月30日 17時

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