遠浅 (錆兎) ページ7
「ねえ、さびと、私、情けないんだよ」
私、惰性で生きてるの。こんな見っとも無いのはやく前みたいに、叱ってよ。私の中でぐらい貴男を殺したりしないから、お願いだから、
頽れる窶れ細った姿を見詰めて、漠然と遣る瀬無く思った。そんな資格が俺にあるのかは知らないけれど、こんなにも自分を呪った事はない。余りに微笑むように、どこかへと生き急ぐように泣くのだから俺はきっと、最初からずっと滅入ってしまっていたんだろう。
我儘だけは人一倍賎しい女だった。
器用な振りをするのに不器用な癖、人の形を象って生まれてきてしまった。それが奴の致命であり、欠陥であったから誰にも救いようが無くて、いつだって自分で自分の行く先を失くしていくような憐れな奴だった。浅はかな、どうしようも無く間抜けだったから俺が傍に居てやらないと、なんて馬鹿げた考えを何処かで薄ら感じてしまっていた。脆い不確かな去勢の上で笑って居たかった。之では何方が愚かなのか分からない。結局、奴の前では俺だって平静を保つなんて出来やしない話なのだ。同じ穴の狢なんて、所詮、分かっていた事なのに。
奴が喩い人を喰らう鬼であろうと斬るのが本望では無い事は、俺達に続き鬼殺隊へ入隊した辺りで勘づいた。俺は、独りが嫌だったんだと知っていた。俺には訣別のつもりだったのに、追い掛けて来られて仕舞うと如何も居心地が悪くて頻りに奴を避けた。死ぬのも活きるのも、知らない所で終えたかった。俺の気持ちは恋慕であっても、奴のあれは執着だったから。生涯腑に落ちないであろうし、奴にだって理解し得ないと分かっていた。だから、捨てた。何を取り除いたって最後の最後迄取って置きたかったそれを一番に手放したのだ。俺の覚悟は生半可なものでは無かった。何れ忘れられるのだと、信じて疑わなかった。莫迦な女だ、奈落の泥濘に沈んだって恨んでやる。なんて屁理屈を並べても、とどのつまり、燻り続けた情は消えなかった。呪いの様に、夢の様に俺に笧んで離れない。
人は矢張り脆いのだと、初めて対面した余りにも大きな黒々とした深淵を覗いて知る。俺も正にその中の一人で、あの時過ったのは確かに奴の泣き顔だった。己の穢い肉慾をまざまざと怯懦の内に引き出されて、どうしようもなく泣きたくなった。鈍色が微かに嗤った様な気がして、重く度し難い息を吐いた。張り詰めていた指先の神経がふっと弛んで、双眸を大人しく瞼の下に隠した。
(あなたは望まれなくても生きていたかった?)
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作者名:con x他1人 | 作成日時:2020年1月30日 17時