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「 仕事、戻ります 」
不審者が来ても
理不尽に怒鳴るお客さんが来ても
必ず仕事という事を忘れないで冷静に対応する彼
今も、そうだ
自分なんかどうでも良くって
殺されそうになろうが
人生を壊されようが
きっと彼の最後には仕事が残る
金があれば
愛だって買えるこの時代
払い除けられた手をじっと見ながら俺はその場に立ち尽くす
もう一度彼に声を掛けようと試みて振り返るが
丁度扉が閉まる
あの状況の時、マニュアルには警察を呼べって
書いてあったけど
何故かできなかった
「 お願いします!もう一度だけ会わせて下さい! 」
慣れない標準語で叫んで訴えるその姿
未来の俺を見てるようで、苦しくて苦しくて嫌だった
「 警察呼びますよ! 」
そんな事するはずも無いのに、男性に告げた俺
軽く押しただけなのに男性はその場に尻もちを着いて
しばらく動かなくなったと思えば、ゆっくりと
立ち上がった
「 … すみま、せん … ごめんなさい … 」
鼻を何度もすすりながら、深く腰を曲げて
謝る
俺は息を整えながらも何も言わずに見詰めて
この場から去る姿を見届けた
彼は男が好き
知ってたさ。
彼が仕事を急に休む時
「 恋人と、喧嘩しました 」
と理由をつけて直ぐに電話を切る
その後ろにはいつも男の声がして
次の日には首から上半身にかけて赤い痣が付いている
噛み跡だって、見えてしまった。
恋人ではないということも分かっている
“ 遊び相手 “ そんな所の人なんだろうって。
それでも彼が好きで好きで
どんなミスをしても “ 彼だから “ と許してきた
悪い事なんだろうけど、彼の事を怒りたくはなかったんだ
悲しい顔
苦しそうな顔
涙を流した次の日の顔
見ただけで心臓が縛られて
息ができない。
「 …… 」
渡辺くん
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僕は君が分からないよ
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作者名:渚 | 作成日時:2022年4月29日 21時