雨は止まなくて、 ページ8
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雨に雷、そして暴風。
呼び止めはしたが、その次の言葉を迷っていると雨足はさらに酷くなってきていた。視界も怪しくなり始め、道路を走っている車は速度を落としてどこかへと向かっている。
声をかけてしまった以上何もしないわけにはいかないし、明日出勤して山本さんがいない、なんて話になったら夢見が悪い。
……仕方ない。
首をこてんと傾げて私の言葉を待っている山本さんに一歩近付いて傘を差し出した。
山本さんなら遠慮してそのまま走って帰って行きそうだな、なんて都合のいい想像をしながら意を決して重たい口を開く。
「…私の家、寄っていきますか?」
しかしやっぱり想像は想像なので、それが裏切られるということはもちろんあり、それが現に今だった。
「わっ、ほんとに?助かるAちゃん!」
人懐っこい笑みを浮かべて山本さんはそう言った。
二人仲良く濡れたまま、結局自宅に招き入れることになったのだ。そうして冒頭に戻る、というわけで。
(いやいや、いくら何でも会社の上司を家に招き入れるのってどうなの?ダメだよね?よくないよね?)
(……でもなぁ、)
「山本さんなんだよね〜」
バスタオルを山本さんに渡してリビングに通した後、すぐにお風呂に湯を貯めて準備をしながら独り言ちた。
これがもし須貝さんや伊沢さんならちょっとごめんなさい案件だが、なんたって相手は山本さんなのだ。私とそう変わらない背丈に二重で顔も小さく整えられた可愛らしい顔。ほぼ女の子みたいな安心安全の象徴、山本さんだ。
別に家に泊まる訳でもないし、お風呂に入ってもらったらタクシーを呼んで帰ってもらおう。
リビングのドアを開けて、バスタオルに包まれながらソファーに小さく座っている山本さんに声をかけた。
「お風呂の準備できたのでどうぞ先に入ってください」
振り返りながら山本さんはありがとう、と申し訳なさそうに眉を下げた。
「急いで入ってくるね」
山本さんが風呂場に向かったのを見届けて、はぁとため息をつきながらソファーに寝転んだ。
この家に異性がいるのは家族を除き初めてのことで山本さんだとどこか分かっていても緊張してしまう。
落ち着かない。
山本さんの女の子みたい顔を見る度に目を逸らしたくなる。なんだって私は、実は心の中で苦手としている上司を家に上がらせたのか…
顔を上げるとベランダの窓からはもう外の様子はよく分からなくなっていた。雷の音もさっきからずっと止まない。
これ帰れるのかな…
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作者名:徳子 | 作成日時:2024年1月6日 4時