施肥 ページ6
shg side
今日も暑い。まだ4月も半ばだというのに太陽がかなりやる気を出している。ヒールで少し痛む足を無視しながら、姿勢を伸ばして急ぎ足で、けれども堂々と闊歩する。
カランと小気味良い音を鳴らして、レトロチックなカフェのドアを開く。少し辺りを見渡すと、2人がけのテーブル席に腰掛ける彼女は直ぐに見つかった。こっちが誘ったというのに先に到着されてしまった様だ。なんだか情けない。
いつもと雰囲気が違うワインレッドのシャツに濃いめのリップ。いつもは清楚だとか、綺麗だという言葉が似合う彼女だけど今日ばかりは美しいという形容詞が一番似合うものだから、なんだか少しドギマギしてしまう。
2人で珈琲を注文して他愛もない話をする。
『今はどんな絵を描いてるんですか?』
「今はねぇ、花を描いてますよ。沢山のライラック。
実際にライラック祭りも見てきたんです」
生憎名前しか知らない花だったけど、彼女との会話を終わらせたくなくて綺麗ですよね、と返す。
知ったかぶりだとバレてしまったらもっとダサいはずなのに、どうしても茂根さんの前では彼女に似合う様な大人びた自分で居たかった。
彼女はそんな胸の内を知ってか知らずか、にこにこと笑いながら楽しそうに制作状況を報告してくる。
「ごめんなさい。御手洗に行ってくるね。」
そう言って茂根さんは席を立った。
彼女を見送っている途中、ふとポケットの中に違和感を感じた。ポケットから出てきたのはクシャクシャになったメモ用紙。
少し頭の中の引き出しを開けて思い出した、茂根さんをイメージして短歌を書いたときの没作だ。柔らかいけど芯がある、そんな彼女の様子を書こうと思っているのに、なかなか書けなくて匙を投げてしまった。
茂根さんを待つ間特にする事もなかったから、紙を広げ続きを考える。この前書こうとした時はピッタリ重なるイメージが全く浮かばなかったのに、実際に彼女を見たからなのかスルスルと筆が進む。
無事に下の句まで書き終わったところで、茂根さんが御手洗から帰ってきた。
先程届けられた珈琲とセットのチーズケーキをいざ口に入れようとしたところで、私の携帯がブルブル震えながら誰かからの着信を伝える。
タイミングが悪い。
連絡先を見ると、そこには福良の2文字。これは急ぎの問題かもしれない。
一言断りを入れて店の外で対応をする。
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作者名:杉山 | 作成日時:2023年8月17日 1時