未亡人は口ずさむ 2【降谷零】

第91話 ページ43

.


「…最近思うんだ」

ベッドの近くに並べられたパイプ椅子に腰掛けてAさんを苦しげに見つめながら安室さんは溢す。

「安室として出会った時すぐに打ち明けて全てを話していたとしたら、会いたいと呟いていた時にすぐにでもあの場所から連れ出していれば、Aを危険な目に遭わせないようにする方法はいくらでもあったはずなのに、自分が傷つかないように、Aに拒まれるのを恐れて結局1番傷つけることになった」

「Aが言ったんだ。足枷になってしまうと。俺があいつに拒まれてしまうかもしれないと自分のことしか考えていない時に、Aは俺のことを考えていたんだ」

自分が情けなく不甲斐ないと前髪をくしゃりと掴んで、俯く安室さんにつられて俺も俯く。

「安室さん。Aさんは安室さんを拒まないよ。拒むはずない。Aさんは安室さんの、降谷さんのことを幸せそうに苦しそうに話すんだ…Aさんの家には花束の絵が飾られてて、聞いたら結婚記念日に贈られてくる花で送り主はわからないけど、どこかで彼が生きている気がするから絵にしておいているんだって」

Aさんは安室さんのことが好きでしょうがないんだよ。その言葉は飲み込んで、安室さんを見つめる。

「……」

沈黙を安室さんのスマホの着信音が破り、安室さんは表示を見て、小さくため息をつき俺にありがとうと笑いかけてAさんの頰を撫でてから病室を後にした。

俺はAさんに近寄ってその綺麗な寝顔を見つめる。




早く目覚めてAさん、降谷さんが待ってるよ




俺の呟きは今日も静かな病室に溶けていった。

第92話→←第90話

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す