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『お酒はよくお飲みになられますか』
「いや、あまり…嗜む程度だ」
『そうですか、私もです』
会ったばかりの人を自室に連れ込むのはどうかと思ったので、談話室に案内した。
ここなら月もよく見えるし、人も立ち入らない。
テラスも、飾り程度でしかつけていなかったが、火照った頰を冷ますには丁度良いのではないだろうか。
「いいのか、主役の貴女がこんなところで、男と2人きりで酒を煽っていても」
『意地の悪い聞き方ですね、それはお互い様でしょう』
「まあそうだな」
案外、子供みたいな笑い方をする人だ。
目に皺を寄せて、くしゃっとした、可愛らしい笑みにまた見惚れてしまう。
これは、駄目だ。
完全に、彼に惚れ惚れとしてしまっている。
酒の進みがやけに悪い。
そりゃそうだ、アルコールよりも酔ってしまうものが目の前で笑っているのだ。
こんなの、溺れない方が可笑しいだろう。
『できれば、体は売りたくないんですが』
「ほう、ならば買われるのはどうだ」
『ほとんど同じことでしょう、それに、私は貴方に惚れても、愛すつもりは毛頭ないんですから』
「…ここまで惑わせておいて、酷い誘い文句だな」
『こんなでも、女は捨てたので』
しかし、そこで溺れて何になるのだろうか。
私が1番に求めるべきは、彼との愛よりも、国民の愛である。
性別も、声も、思考も、何もかも違う彼を、私は父同様、本気で愛することなどできず、ただ自身の欲を突き通し、また認めてもらう為の犯行を繰り返すのだから。
その為に、この国の全ての栄光と共に、私自身の幸福を捨てるのだ。
確かに、幸福に犠牲はつきものだ。
しかし、それが最低限に抑えられ、幸せな国を作り上げた時、きっと、こんな不幸は綺麗さっぱり忘れているだろう。
『貴方と飲む酒は酷く飲み心地が悪い、喉を上手く通らない』
「それは残念だな、俺はこんなにも酔ってる」
『私も酷く酔っている、しかし、そんなものは水を大量に流し込めば、嫌でも覚める夢なんだ』
「ふむ…しかし困ったな」
彼が空のグラスを机に置き、私の手からも、半分以上中身が残ったままのグラスを取り上げて、机に置いた。
そして、手を握られ、手の甲に一つ、キスを落とされた。
ぶわっと駆け巡る熱が、思考を溶かそうとしてくる。
嗚呼、そうか、この人は、きっとそういう人なんだ。
何が何でも、手に入れる。
しかし、その手段はえらく拙いようだ。
「俺は、お前が欲しい」
そんなもので、私は落ちない。
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作者名:そういろね | 作成日時:2019年8月9日 12時