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本が欲しい、と男が言い出した時、セシルの中で真っ先に浮かんだのは「諦めていなかったのか」という言葉だった。
「さすがに無理そうなら諦めるけどね!?」
セシルの困惑を感じたのか、彼は念を押すように顔の前で手を振ってみせる。
とはいえその眼が期待に満ち溢れていたのは事実なわけで。
(あの何にもない部屋に四六時中いるわけだし……)
セシル以外に訪れる者もいない部屋。あるのはベッドと机と椅子のみ。
ずっと構ってやれるか、そうでなくとも何か他の物があれば違うのだろうが。
そうもいかないのがセシルの立場の悪さだった。
ベイオウーフに命じられていた元々の役割のひとつに研究がある。
宝石眼について、魔獣について、そして旧世代の神皇についてを調べてベイオウーフに教えるのだ。
彼らが気になったことについて聞きにくれば、それに対し適した回答をもたらしてやる。
部屋に引きこもっていても引きずり出されなかったのは、そういった役割の最低限を――かなり嫌々な上に、従事の方はすべて無視してはいたが――全うしていたからだ。
(もしかして、案外と娯楽が欲しいだけだったりするのか)
本と本の隙間に横たわりながら考える。
あの男が寂しがりやな気質であることは、あれだけ関わっていたらとうに分かることだった。
この世界に来る前はゲームを趣味にしていたと言っていたし、基本的にはインドアだが活動的なタイプなのだろう。
そう考えると成程、本を所望するというのが彼なりの譲歩なのだと察しが付く。
「いやでも……」
そんな都合の良い本があるのか、と言われると口ごもってしまうのもまた事実だ。
今セシルが持っているのは屋敷に元々あった、虚神派であるベイオウーフの思想に合致した本ばかりだ。
在神派の国で生まれ育ち在神派の教育を受けたセシルからすればうんざりするような内容ばかりで、そうでなくとも大人向けの生真面目な内容が多く娯楽には程遠い。
ごろごろと寝返りを打ち、見えた山のひとつひとつに指を這わせる。
「虹月革命」「魔導と言語の相関」「神皇支配」――どれもこれもあの男に読ませるのを躊躇うようなものだ。
「……あ、」
ずいと腕を伸ばさなければ届かないような山の、下層部。
もはや視界に入ることも滅多になく、セシルも存在を忘れ切っていた数冊の本がそこに積まれていた。
夕餉の鐘が鳴る。あの男の夜食を取りに行き、運ばねばならない。
慎重に山から本を引きずり出したセシルは重い体を押し上げた。
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如月千羽(プロフ) - みやさん» コメントありがとうございます。お待たせしてしまいましたが、更新は続けるつもりなので宜しくお願いします (8月25日 21時) (
レス) id: 94f81c196d (このIDを非表示/違反報告)
みや(プロフ) - 続きお待ちしてました…！この作品好きなので何度も読み返してます^^ (8月24日 19時) (レス) @page9 id: cdc5c5cb1f (このIDを非表示/違反報告)
如月千羽(プロフ) - サクラさん» ありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします！ (7月20日 8時) (レス) id: 94f81c196d (このIDを非表示/違反報告)
サクラ(プロフ) - 続編おめでとうございます！！！ (7月20日 0時) (レス) id: a6caf0043b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：如月千羽 | 作成日時：2023年7月19日 22時
