春を待つきみ【nqrse】

07 泣きたくなる衝動 ページ7

.




あらきと別れ、真新しくなった携帯にAのアドレスを打ち込んだ。メッセージアプリもログインして、以前のデータをダウンロードする。
友達以外はトーク履歴も何もリセットされたアプリ。
以前話していた内容もぼんやりしてしまって、なんだか寂しくなってしまう。

入院中、医師に相談したことがある。



「記憶がぼんやりしてしまうことが多い気がして。完全に忘れてはいないんですけど」

「頭を強く打ち付けているので、その症状でしょう。」
「記憶喪失……というと大げさですが、それの軽いものです」



朦朧とした記憶は、そのうち戻ってくるらしい。
まあ確かに、ドラマでは強い思い出のある何かを見ると思い出すというような展開。実際にもその通りらしい。

空っぽになったトーク履歴を埋めるように、登録した彼女にメッセージを送信する。

『成瀬です』

一言だけのメッセージ。成瀬です、なんて名前を見ればわかることを何で送ってしまったんだ。
携帯をスリープモードに落として、目を瞑る。
メッセージを送るのは、彼女じゃなくてあらきでもよかった。「復活した」って一言、それでいいはずだ。
だけど空になった履歴の一番はじめは、Aがよかった。

ふと気にしていなかったアイコンの写真を見る。
その写真は男の手と女の手が重ねられた写真で、どちらの小指にも、以前見かけたピンキーリングがはめられている。
やっぱり彼女には恋人がいたんだ。
なんとなく感づいてはいたけど、いざ形として目の当たりにすると少し悲しい。

悲しくなる理由なんてないはずだ。
俺に彼女のことは関係ない。ただ話しかけられて、俺も気まぐれでそれに着いていっただけ。
なのに、どうして、


「こんなに泣きたくなるんだよ……」




.

08 突然だけど、きみに向けて→←06 守るための嘘

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す