検索窓
今日:4 hit、昨日:1 hit、合計:25,886 hit

18 始まりの場所、思い出の場所 ページ18

.




彼女は走ってどこかへ行ってしまったのだ。
今どこにいるのかなんて分からない。

「出る、とは思わないけど」

交換したばかりの電話番号をタップし、コール音を聞きながら歩き出す。
素直に出てくれるなんて思ってない。
Aは俺の記憶が戻ったことを知らないし、自分のことを忘れた恋人と関わりを持つなんて、傷つくのは自分だと思っているはずだ。

予想通り何度鳴らしても繋がることはなく、「只今電話に出ることができません」と留守番電話の案内だけが虚しく耳に残る。

桜はだんだんと散り始めている。
大粒の雨のように桜の花びらが降り注ぎ、髪や肩にその痕跡を残していく。
桜の木本体を見上げれば、まだまだ花は咲いていた。
このまま落ちてしまうのに。いつか、枯れてしまうのに。
花というものは、なんて切ないのだろう。

俺たちの関係も、このまま散ってしまったら。
たった一つの事故で大切な記憶を失って、もう一度彼女に出会った。
運命、というものがあるなら俺たちはそうだと思う。
切っても切れない。離れられない。離そうなんて思えない。
もう一度Aに会いたい。

行くべき場所がわからず立ち止まるくらいなら、虱潰しにでも探してやろう。
足を動かし、彼女を泣かせてしまったカフェへと急ぐ。
人の多い街。歩道で走れば、もちろん人の邪魔になる。
わかってはいたけど、駆けるのをやめることなんてできなかった。
人をかき分け、合間を縫ってカフェへとたどり着く。
ガラス張りの店内を見渡しても、Aの姿はどこにもない。
あの時俺達が座っていた席には別のカップルが座っていて、仲睦まじく、笑顔で話をしている。

俺たちはもう、戻れないのかな。
目頭が熱くなる。
それと同時に、手のひらに1枚の桜の花びらが触れた。


「……桜」

俺とAが、三年前に出会った場所。
ついこの間、記憶が無い俺とAがもう一度出会った場所。
Aがいそうな場所なんて、ひとつしかないじゃないか。

日が落ち始め、茜色の斜陽が半身を照らす。
急いで向かわなきゃ。




.

19 春を待つきみ→←17 辛さだって共有したい



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.8/10 (93 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
190人がお気に入り
設定タグ:歌い手 , nqrse
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

大谷しおる(プロフ) - はむもちさん» コメント何度でも嬉しいです、ありがとうございます! 心理描写にいつもより力を入れているので嬉しいです。 (2018年4月3日 14時) (レス) id: d0b3d0a09b (このIDを非表示/違反報告)
はむもち(プロフ) - 成瀬さんの心情と夢主ちゃんの心情が上手い具合にすれ違ってしまっていてなんか泣きそうです。2回目のコメント失礼しました (2018年4月3日 13時) (レス) id: 965b489066 (このIDを非表示/違反報告)
大谷しおる(プロフ) - 小鳩◎さん» コメントありがとうございます! 最高に嬉しいです、人のインスピレーションを刺激できるような作品をかけて良かった…! そうですなるせさん無自覚なんですよね。とても切ない。更新頑張ります!;; (2018年4月1日 23時) (レス) id: d0b3d0a09b (このIDを非表示/違反報告)
小鳩◎(プロフ) - コメント失礼します…!占ツクでひっっさしぶりにインスピレーションを刺激してくる神作品に出会えてとても感動しています( ToT )無自覚ななるせさんが何とも…(;_;)更新楽しみにしています! (2018年4月1日 23時) (レス) id: 2c285f09cc (このIDを非表示/違反報告)
大谷しおる(プロフ) - 露亜さん» コメントありがとうございます、そう言っていただけてとても嬉しいです…;;!更新頑張ります!! (2018年4月1日 20時) (レス) id: d0b3d0a09b (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:大谷しおる | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2018年4月1日 13時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。