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「お茶」
「お前そればっかだな」
なんか他にねえのかよ、と話しながら、仲が良さそうに多分友達と一緒に松村くんも飲みものを買いに来たのか物音が聞こえる。
いっつもお茶の種類まで一緒だし、と言われながら自販機の前に立って飲み物が落ちる音を聞いてなんとなくそのままココアを私も飲む。あ、やばい、そろそろ授業終わるから戻ってホームルーム受けなきゃと思いながら松村くんたちとは逆方向から戻ることにした。何買ったかとかは、別に知らないけど。
「A今日ひま?」
「あー、今日は用事あって…」
「えー残念…」
…なんで断った?普通にカラオケ行けばよかったじゃん、と思うけどうまく言葉が出てこない。最近たまにこういうことがある。前までなら行きたいと言っていたものに少しだけ億劫になる。カラオケも友達のことも本当に大好きなのに、と自己嫌悪になりながらカバンに荷物を詰めて小さくため息だけついて窓の外を見つめた。
今日は天気がいいな、と思いながら傾きかけた日に目を細めて帰ろうと教室を後にする。人気があまりなくなった廊下を歩いて階段の前まで来たが、なんだか、自然に足が4階に向かう方に向いていた。…ちょっとだけ、3階から見える景色を見たら何かスッキリするだろうかという私欲だったけれど。
やっぱりドアに鍵はかかっていない。そのまま旧校舎に入って校長室を通り過ぎて奥に向かえば、壁に貼ってある何年も前のプリントやポスター、写真になんだか不思議な気持ちになる。ここだけ切り離されたみたいだ、と思ってぼうっとしたまま壁の前に立っていれば「何見てるの?」と後ろから聞こえた声に「うわ!」と思わず廊下に響く声をあげてしまった。
「いたの!?」
「失礼だな、ずっといたよ」
「もっと存在感を出してよ」
「こんな真後ろに立ってんのになんで気づかないんだよ」
と、眉間に皺を寄せて私の顔を見つめる案外背の高い松村くんを見上げれば、「まあいいや」と笑う顔はやっぱり柔らかい。
「でも松村くんも随分優しい顔になったよね」
「俺?」
「だって前に会った時は随分怖い顔してたよ」
なんか思い詰めてそうでもあったし、と廊下を歩きながらつぶやけば「…そう」と呟いた松村くんの顔は角度的によく見えなかった。「あ、ここ曲がったら」としばらく歩いて廊下を曲がれば、学校自体高台にあるせいか新校舎とは全く違う景色に「うわ!」と思わず駆け出してしまった。
「すご!なにこれ!」
「…そんな興奮する?」
「冷めること言わないでよ」
なんだか非日常って感じしていいじゃん、と笑って見せれば松村くんは「あっそう」というだけだった。つまんな、とおもうも夕日できらめく瞳と横顔が綺麗で邪魔できなかった。松村くんと話すのも、ほとんど初めて会うのにも落ち着くのは、なんでだろうね。
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作者名:七瀬 | 作成日時:2023年12月9日 22時