薬屋は傾国美女でした。六巻 (ページ33)

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283話ページ33

侍女はその部屋の扉を開ける。

　開けた瞬間、独特な臭(にお)いがAを襲(おそ)う。

　Aは思わず顔をしかめる。

　部屋をのぞくと小ざっぱりしていて、しかも奇妙な雰囲気が漂(ただ)よっている。

　寝台の上掛けはめくれたままで、半分落ちかけている。

　卓上(テーブル)の上には筆が置かれていて、床にもそれは転がっている。

　床にはなぜか奇妙な汚れがついている。

　壁は少し黄ばんでいて、壁紙が貼られているらしい。

　侍女は一歩も足を踏み入れない。

　一歩でも足を部屋に入れれば、埃(ほこり)が舞ってしまうからかもしれない。

　外は綺麗にされているが、中は一切手を付けられていない。

　そこにいた人間の痕跡(こんせき)を壊(こわ)さぬ為かもしれない。

A「ここは、、」

侍女「先の先の帝の時代、女官から下級妃嬪(ひひん)になった方が住んでいた場所です。女帝と呼ばれたかたの部屋でもあり、先帝が育まれた場所でもあり、身罷(みまか)られた場所でもあります。」

　侍女は、その後、場所を変えて説明をしてくれた。

　人気がない部屋で、窓から皇太后と妃たちの茶会の様子が窺(うかが)える。

　なにかあったら、すぐ駆けつけられる。

　晩年、先帝と女帝はあの部屋にこもることが多かったという。

　先帝は気が弱っていたのだろうか、思い出にすがるようにあの棟に入り浸ったという。

　女帝の死後、先帝はあとを追うように息を引き取った。

　あの部屋で。

　女帝は元気そうに見えたが、とうに大往生といってもいい年齢だった。
　

　先帝もそこまでではないが、ほかの人間に比べると長生きしたほうだ。

　庶民、特に農民となれば六十を越(こ)えたら長老扱(あつか)いされるものだ。