薬屋は傾国美女でした。六巻 (ページ17)

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267話ページ17

猫猫(マオマオ)「そうなんですか」

老師(せんせい)「ああ、この地に遷都(せんと)したのも、あの廟(びょう)があったからだね」

　老いた宦官は少し懐かしそうに、目を細めた。

老師(せんせい)「しかし、もう何十年も使われたことはないし、今後も使われるかどうかねえ」

猫猫(マオマオ)「…どういうことでしょうか？」

小蘭(シャオラン)「ああ、それはね」

　老宦官は、小蘭(シャオラン)に筆を持たせながら言った。

　わざわざ自分の筆を使わせている気前のよさだ。

　小蘭(シャオラン)はうまく筆を握れず、顔をしかめている。

　こちらの話には興味(きょうみ)がないようだ。

老師(せんせい)「先の主上の兄君たちは皆、流行病で倒れた。それだけでなく、多くの男児が死に、ほかに皇位継承(けいしょう)者はいなくなった」

　末子であった先帝が皇位を継承した理由はそれだ。

　それには、女帝がなにかしたのではないかという悪い噂(うわさ)が昔からついてまわっている。

　老宦官の物言いは、どこか皇族に対し非礼な感じがあった。

　しかし、そこに敵愾心(てきがいしん)というものは感じられず、どちらかといえば職人や研究者を思わせた。

　ただ、淡々(たんたん)と事実を述べる、そんなふうに受け取れた。

　小蘭(シャオラン)は筆をべちょっと墨壺(すみつぼ)に突っ込んで、頬(ほほ)に水玉模様(もよう)を作っていた。

　なにかしら通過儀礼(ぎれい)があるのは珍しくないが、Aと猫猫(マオマオ)はそれが妙に気になり、じっと廟(びょう)を見る。

　宦官はそれを見てなにか思ったのか、薬師二人を見ていた。

老師(ろうし)「いやはや、あれに興味を持ってくれて嬉しいよ。ここではなかなか、その手の話に興味を持ってくれる人間がいないからねえ。ずいぶん久しぶりだねえ」

　そう言って老宦官は、外を見る。

A「昔は、誰かほかに興味を持ったかたがいたと」

老師(せんせい)「そうだねえ、昔、ここにいた医官が変わり者で、なにかしら暇ができたと思ったら、後宮中をうろうろしていたんだよ。まるで今のおまえさんみたいな様子で眺(なが)めていたよ」