バックステージ5 ページ37
スープの入ったお鍋が空っぽになり、ココの差し入れですっかり良くなった私は土曜日の午前中に寮に出向いた。
自転車を漕ぐと砂埃が混じった湿り気のある8月の空気がべったりと身体にまとわりつく。
ぎらぎらと照りつけるような陽射しはないものの、まだまだ秋が来るのは先になりそうだ。
寮は静かだった。
試合に出るメンバーは出発していたし、そうじゃないメンバーは朝からクラブハウスで練習をしていた。
黒豆が入った美味しい抹茶のパウンドケーキを提げて、管理人室のドアをノックしたら、おばちゃんが出て来てくれた。
「Aちゃん」
おばちゃんは、ちょっと元気がなく笑って
「どうしたの?」って聞いたら、奥歯に物が挟まったように「ちょっとね」と言った。
「ケーキ持ってきたの。10時のおやつにしない?」
「お茶でも淹れようかね」
「私がやるね、おばちゃんは座ってて?」
台所に置いてあるポットのお湯を急須に注いでいる私の背中に向かっておばちゃんが言った。
「石井さんがね、辞めちゃうかもしれないって」
「えっ!?」
思わずお茶碗を落としてしまいそうになるのを、ふう、と深呼吸して落ち着かせる。
でも止めようと思っても手先が震える。
「どういうこと?クラブが辞めさせようとしてるの?」
「いや、自分から言ってるようだよ」
お盆を持っておばちゃんの座っているダイニングテーブルの所に行くと「はい」とお茶の入った湯呑みを置いた。
「夢生くんのことが原因?あれはもう解決したじゃない」
「原因なんて色々あるんだよ、私らには解らない苦労も監督となるとあるだろうしね」
選手は、選手だって沢山のものを抱えているけれど、それを統括する監督はもっと大きなものを抱えている。
家族、スタッフ、選手だけじゃない。
ひとつの采配にどれだけの人達が一喜一憂するか。
お金が動くか。
選手のこれからを左右するかもしれない。
その試合の勝ち点が今後どう影響してくるか。
いつも穏やかに笑っているけれど、どんなにか孤独に戦ってきたのだろう。
「今日は?横浜戦どうするの?」
おばちゃんは首を振って「剛ちゃんが代行するってよ」と言った。
「みんなは?選手たちは動揺してない?ごはんしっかり食べてた?」
「うん、みんなしっかりしてるよ。プロだからね、そこは大丈夫よ」
私になんかできることはないか、模索しながらも、結局は私になんて何もできることはなく途方に暮れるしかない。
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シナノ(プロフ) - まるみかんさん» 私も代理人じゃなくうちの河上を派遣しますよ?と思いました(笑)ネガティブな報道が出ていて真実は解らないですが、早くトレーニングしている姿を見たいですね。今飲んでる生姜の葛湯を飲ませたいなぁ。 (2017年2月15日 20時) (レス) id: bcbad8d595 (このIDを非表示/違反報告)
まるみかん(プロフ) - 本物の柴崎さんがスペインへ移籍し、体調不良の報道を日々聞くと、河上さんに現地に行ってもらって元気になってもらいたい欲がすごくてでしまいまして…。日々、報道を聞くたびに「河上さーん!」と心のなかで叫びながら妄想してることをここにご報告致します(笑) (2017年2月15日 20時) (レス) id: a45c69a6d5 (このIDを非表示/違反報告)
シナノ(プロフ) - ゆいなさん» この後、波乱の展開にしたくてそこまでは一気に頑張ろうかと。まったりお付き合いくださいませ。 (2017年2月13日 7時) (レス) id: bcbad8d595 (このIDを非表示/違反報告)
ゆいな(プロフ) - 久々に河上さんと岳くんのおしゃべりが読めてとても嬉しいです! (2017年2月13日 3時) (レス) id: 98c1bb9861 (このIDを非表示/違反報告)
シナノ(プロフ) - wakoさん» ショウマの下りは上手いこと書いたな、私!と小踊りしましてね…(笑)ナチュラル人タラシめ!本気でお世話してくれる恋人がいたらいいな、と思っていますよ。可哀想すぎる。時間もあまり無くて、でも焦っても欲しくない。頑張ってね。 (2017年2月10日 19時) (レス) id: bcbad8d595 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:シナノ | 作成日時:2016年8月25日 19時