無意識のゼロセンチ ２

バックステージ ページ33

最近の寮は空気が重たい。
夕飯時には以前あった笑い声がめっきり減って、お代わりの回数も減ったからおかずがたくさん余っている。

片手鍋にお味噌汁をよそって、おかずを盛ってラップしたお皿を管理人室に届けると、おばちゃんが「Aちゃん、美味しい水羊羹あるからおいで」と招き入れてくれた。


「なんかさぁ、どうなんだろ？」

「あの子たちだろ？」

「うん……」

「しょうがないよね、勝ててないんだから」


お匙で掬った水羊羹を舌に乗せるとゆっくりと口の中に甘さが広がっていく。
おばちゃんの好物で、そして私も好きなお菓子だ。
でもいつもみたいに味わえないでいる。

あれ？
もっと美味しかったよね？

美味しく感じられない今が悲しい。

１stとはうって変わり、２ndは苦しそうなサッカーだった。
勝った試合の後も口数が少なく、負けた試合の後はみんなだんまりだった。

あんなにしょっちゅう厨房に来ていた聖真くんも寄り付かなくなっていた。

「おやつあるよ」と誘ったけど、「いいや」と力なく首を振った。


あんまりインターネットを見ない私だって夢生くんの酷い言われようは知ってる。
反旗を翻したとか、謀反を起こしたとか、そんなんじゃない。
あれが夢生くんなんだ。

裏表がなくていつも全力で真っ直ぐで。
敵にしたらめちゃくちゃ嫌な奴だけど、味方にしたらこんな頼もしい人いない。
嫌う人も多いかもしれないけれど、ここにいる人たちはみんな好意を持っていた。
だって夢生くんの周りはいつも笑いが絶えないもの。

メディアが大騒ぎするほど、クラブはそうでもなかった。
鹿島のやり方で片がついたのに、世間は面白おかしく騒ぎ立てた。
あれだけ呼ばれると誇りを持って行っていた日本代表の試合も、名指しで金崎夢生は呼ばないと言われた。
またメディアは大騒ぎした。

ちょっと前にクラブハウスに用事があって行った時、石井さんに会った。
いつもだったら「河上さん、今日はどうしたの？」と笑いながら声を掛けてくれるのに、その時は遠くでトレーニングをしている選手をじっと見つめている石井さんに挨拶をしたけれど返事がなくて、聞こえなかったのかな、くらいにしか思わなかった。

一介の調理のパート員の耳には入ってこない大変なことが起きているなんて知らなかった。
表情が暗い選手たちは、心配する私に敢えて心配の種を増やすことはしなかった。
というか、こんなチーム状況に自分たち自身余裕がなかったのかもしれない。

バックステージ２→←そして、それから１０

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す