無意識のゼロセンチ

厨房からこんにちは６ ページ13

「岳ね、手術したらしいよ」


聖真くんは、戸棚のフランスのクッキーが入っていた可愛いくて捨てられない缶を取って蓋を開けた。
私がその缶に小さなおやつををたくさん入るのを知っている聖真くんは「どれにしよっかなー」と言い、チョコレートを選んだ。

「いつ手術したの？前やったところ？足の指の。それとも別のところ？何があったの？今は？良くなっているの？」

矢継ぎ早質問を浴びせると、聖真くんは鼻で笑って「岳が心配なんだ？」と言い、抱えていた缶の中から別のチョコレートを選んだ。


「当たり前でしょう？一時でも毎日私のごはんを食べていた人のことは誰でも心配するよ」

早口で言う私に「ふーん」と言って缶を戸棚に戻した。


「盲腸らしいよ」

「へ？」

「あんま心配いらないみたい。手術も3日前にやったらしく、今は腹とか切らないんだって。簡単に切ったみたい」

「ドイツの病院で手術したの？」

「ドイツでやったって。朝からその話で持ちきり」

「そうだったの…」

「心配なら行ってくればいいじゃん」

「どこに？」

「岳のとこ」

「行かないよ、盲腸の手術でしょ。それに何で私が行くのよ」

「意地っ張り」

「なんでよ」

「岳の写真見る？」


ひょいっとポケットから携帯を取り出してLINEの画面を見せた。

病室らしきベッドにいる岳くんと、篤人くん、それから日本人の男の人が隣にいて笑っていた。
元気そうだった。


「この人わかるでしょ？篤人くんの隣にいる長谷部選手」

「わかんない…」

「知らないの？日本代表のキャプテンだよ？」

「こんな風に私服を着ていたら有名な選手だってわからないわ」

「Aちゃんが心配しなくても世話してくれる人いっぱいいるみたいだけどね」


炊飯釜のスイッチを押して、使い終わったお鍋を洗おうとしている私に聖真くんが可笑しそうにメッセージを読み上げた。


「岳の担当のナースが美人過ぎてビビる、って！篤人くんから」

「よ、良かったじゃない？出会いは大事よ。やっぱりサッカー選手はちゃんと身を固めてお世話してくれる人がいるといいなって思うもの」

「本気でそれ言ってんの？」

「聖真くんにも言ってるのよ。早く結婚したらいいのに。守るべきものがあると頑張れる、って言うし」


聖真くんはばつの悪そうな顔をして口をへの字に歪ませ、厨房から出ていった。

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