以前のように ページ16
記憶が無いと分かっていても、桜之を前にするとやるせない気持ちになる。俺は助けてもらったのに、助けてはやれなんだ。誰も桜之の最後を知らないということは、誰にも看取られずに逝ったのだろう。
以前と全く変わらない姿で、同じ声音。けれどその声で俺のことを杏寿郎とは呼んでくれない。
「…煉獄先生、大丈夫ですか?」
煉獄先生だなんて呼ぶな。敬語なんて使うな。あの頃のように笑って、杏寿郎と呼んで、姉と呼ばせてくれ。
そんな我儘がずっと頭の中にある。
鬼の記憶がないのは、喜ぶべきことなのだろう。
だから、前世の記憶が無いことも喜ぶべきだ。…喜ぶべきなのだが、俺達のことを覚えていないことが、酷く心を寒くさせる。
「大丈夫だ。すまない、変なことを言ったな!」
「煉獄先生のお話はどんなものでも飽きませんよ」
そう言って笑った君を見て、遠い昔の君と重ねてしまうのは許してほしい。
「そうか!…そういえば桜之!以前怪我をしていた時3階から飛び降りていたな!」
「…そうでしたっけ」
「そうだぞ、皆肝を冷やしていた!もうあんなことはするんじゃない」
「皆が追いかけてきたせいじゃない…」
「?何か言ったか?すまない、もう一度言ってくれ!」
「なんでもないです!」
正直なところあんな運動神経を見た時にはあの頃の桜之がそのまま現代に来たのかと思ったほどだ。
しかし呼び出さなければこちらと殆ど接触しないし、話もしない。
今世では理事長であるお館様に呼び出されたこともあるらしいが、全く前世の欠片もなかったと言っていた。「もう輝哉と、あの頃のように呼んでくれないみたいだったよ」と言ったお館様は寂しそうに笑っていた。
そして他の皆もそうだ。桜之から先生、と呼ばれる度に寂しそうだった。胡蝶達も名字にさん付けや君付けという前世ではありえない他人行儀っぷりに最初は本当に泣いていた。
けれど、胡蝶達はまだいいと俺は思う。同じ生徒なら、姉と呼んでもまだお遊び程度で済まされるのだ。
俺達教員は、姉とふざけて呼ぶことすらままならない。
「桜之」
「はい?」
「君は今、幸せか?」
「……」
桜之は何も答えないまま微笑みだけを浮かべて、日誌を持つと「書き終わったので帰りますね。煉獄先生、さようなら」と教室を出ていってしまった。
答えなかったのは、何故だと、俺は暫く考えていたがしっくりくる答えはついぞ出なかった。
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とうみん(プロフ) - バレてしまう時を楽しみに待っていた私がいた。これからの展開に胸を躍らせる私がいる。あ、この作品好き。 (2020年12月21日 16時) (レス) id: 3cb4113b8b (このIDを非表示/違反報告)
三隣亡 - とても面白いです!!これからも頑張ってください!続きを楽しみにしてます! (2020年12月19日 19時) (レス) id: 9280cade43 (このIDを非表示/違反報告)
毬莉 - 好きです!もう最高!過保護な彼らが可愛くて仕方がないです!更新頑張ってください! (2020年12月13日 0時) (レス) id: 6812348321 (このIDを非表示/違反報告)
実弥 - 更新ファイト! (2020年12月12日 18時) (レス) id: b8ee803632 (このIDを非表示/違反報告)
ゆな - 一気に読みました!とても面白い内容で感動しました。次も楽しみにしてます。 (2020年12月10日 21時) (レス) id: 0492b38da7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:桜もっち | 作成日時:2020年11月27日 8時