１３７話 ページ2
放課後。
今日も体育館には、部員達の掛け声とボールが床に跳ねる鈍い音が響きわたる。
いつものように、自分の仕事をこなして、いつも通りにして。
でもいつもと違うのは、その頭の片隅にしずきさんの言葉が張り付いていること。
(誘ったら、一緒に回ってくれるのか…？)
仮にも、まあ、恋人だとしても、あの人の人気ぶりは相当だ。それに、バレたらファンの方々には恨みを買われて、どんな目にあうか。
「…寒気がする」
「え、風邪？」
悩みの張本人が、なんと目の前に現れた。出現。
「風邪じゃないです。ただの予感です。」
「悪寒じゃなくて？」
「予感です。」
頭にはてなマークが生えている。そんなきょとん顔をしないで欲しい。その顔のせいで私は今、猛烈な寒気を感じているのだから。
でも、ファン達に酷く当たられるかもしれなくても、私は自分の好きなようにしたい。
練習に戻っていこうと走り出した及川さんを呼び止める。
「あ、及川さん。」
｢ん？｣と振り向く。振り向きざまでもその顔か。腹立たしくなってくる。
「……今日、一緒に帰れますか？」
その一瞬で、及川さんの顔がみるみるうちに笑顔になっていった。
(岩泉さんがスパイク決めた時みたいな顔だ。)
全身に痺れが走るように、身震いすると、及川さんは少しだけ真顔に戻ってから、微笑んだ。
「もちろん。」
手を軽く振って、コートに戻っていく。私は手に持っているストップウォッチをぐっと胸に押し当てた。
(今のは、ずるい。)
私はああいう顔に弱い。
なんて、弱点みたいで嫌だから認めないけれど、確かに頬が熱くなるのを感じた。
さっきまでの寒気は、まだ感覚を残しているけれど、体は芯から温まるようだった。
練習では言えても本番ではっきり言えない。というより、緊張で舌が回らないのだ。
意外と緊張に影響されるところがある、これってチャームポイントか。
兎にも角にも、私は勧誘するしかない。
まだ、私は気づかない。
この時初めて、自分から、及川さんにお願いごとをしたことに。
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作者名：あおインコ | 作成日時：2018年11月26日 22時
