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その日、桜妃はやけに胸のあたりがざわざわするのを感じておりました。
まあ、特に気に病むことでもないだろうと桜妃は今宵も月を背に人里へ降りていきます。
しかし彼女の身体は、これから起こることをやはり察知していたのです。
人を襲いきり、胃には原型をとどめることも無くいくつもの家族たちが入ってきました。
まるで1つの仕事をこなしたかのように口を拭った桜妃は、そこでやっと気づくのです。
自分に向かって確かに、強い殺気が放たれていることに。
恐らく、柱でございましょう。
そう感じ取った瞬間に、彼女は戦闘態勢に入りました。
そして、目を凝らして敵を見遣ります。
背丈の低い、女性でした。
その後ろには何人かの隊士もおりました。
｢あなた、1人でこの村を潰してしまったんですね。｣
そう言って笑顔をつくった蟲柱、胡蝶しのぶは刀を抜きます。
鋭く、謎めいた色で刃が輝いていました。
｢ええ、所謂食物連鎖というものですわ。ヒトが家畜を食べるように鬼もヒトを喰らっているだけですもの。｣
さすが柱と言ったところか、恐ろしいほど無惨と近しい桜妃を前にしても言葉を紡ぐ彼女に、桜妃はほんの少し嬉しくなりました。
｢…とても可愛いお嬢さんなのに、血の匂いがぷんぷんしますね。｣
しのぶは、眉を下げて憐れんだ顔を作って見せると鬼の頸など到底切れないような細い刀を振り上げました。
“可哀想に、いま楽にさせてあげますよ。”
どくり。とてつもない恐怖が、不快感が、桜妃を襲います。
自分の死を覚悟したからではありません。
また、【あの言葉】です。
彼女は理性の箍が外れたように、天にも届くような叫び声を上げ、走りました。
狂ったように。何かから逃げるように。
｢逃がしてはいけません、あとを追いましょう！｣
蟲柱たちが桜妃にようやっと追いついた時には、桜妃は足元に突如として現れた襖に吸い込まれていきます。
襖は、鬼殺隊を嘲笑うかのように彼女たちの目前で勢いよく閉まりました。
────すぱん
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作者名：白桃。 | 作成日時：2020年1月12日 14時
