消えたかった日｜2015 ページ40
＿＿わがままをひとつ、聞いてもらえませんか。
そう言ったその人は、自分にとってはまだ小さい子どもなのに。
それでも事務所に所属している言わば一人のアイドルで、わがままなんて言葉とはまさに無縁そうな、やけに聞き分けのいい変に大人びた子どもなのに。
14人もいる大所帯のこのグループの面倒を見るのは、たくさんの子どもを率いる親鳥のような気分で。
目を離すとすぐに喧嘩をするし、メイクをする前に輪を外れてどこかへ消えてしまうような人もいるし、マネージャーとして側につくのも骨が折れるような毎日だ。
それももうとっくに折れていて、気づいていないだけなのかもしれないと思えてしまうくらいには。
昼食を何にするかで騒ぎ始める彼らとは違って、Aは一段と自己主張の少ない人だった。
食べたいものを聞けばきまってなんでも良いと答えるし、何かしらの要望を口にすることは滅多になかった。人に何かを求めたりしない、欲のない慎ましい人。
今日はそんなAの、デビュー後に初めて迎えた誕生日で。
可愛らしいケーキと彼らに囲まれながら、それはもう隅から隅まで祝われていたなと思う。
もみくちゃにされて口元にクリームなんか塗られて、おめでとう、愛してるよって、そんな言葉が降り注がれているのを見た。そうして、何が欲しい？って口々に何度も聞かれているのも。
せっかくだからと会社のスタッフや副社長なんかが同じように張り切っていたものの、Aといえば何も欲しいものがないと言うから。
本当に何もないのかと聞いたら、少し考える素振りを見せたあと "わがままを聞いてもらえませんか" って。
Aがそんなことを言うのが珍しくて、すぐに聞き入れたものだった。行きたいところがあると言うから、スケジュールの合間を縫って車をすぐに走らせて。
そうして着いた先は古びた大きな病院で、会社から少し遠い場所にある、海のよく見える場所だった。
駐車場に停められた移動用の車の中。
色々聞こうとして、それでも聞いていいものかどうか躊躇って、口を開いて閉じてを何度か繰り返していたら、"母さんに会おうと思って" なんて、微かな声が助手席から聞こえてきた。
いつもなら騒がしいはずの車内が、今日はやたらと静かに感じる。
「なんか、来なきゃいけないような気がして」
どうしてかは、わからないけど。
そう言って伏せられた瞳は、足元をじっと見つめていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 750人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
をる(プロフ) - Kさん» コメントありがとうございます😭！！拙い文ですが楽しんでいただけているようで本当に嬉しいです。これからも見守っていただけたらと思います、ありがとうございます🙇 (4月3日 19時) (
レス) id: 8d863670a1 (このIDを非表示/違反報告)
K(プロフ) - いつも読ませて頂いております！素敵なお話ありがとうございます。無理なさらずこれからも応援しています☺︎ (4月3日 11時) (レス) @page25 id: 64e289b1e8 (このIDを非表示/違反報告)
をる(プロフ) - こころさん» わー！！コメントありがとうございます😭本当に励みになります、嬉しいです。この先も楽しんでいただけたら幸いです！ (4月3日 2時) (レス) id: 8d863670a1 (このIDを非表示/違反報告)
こころ(プロフ) - 書き方がすごく好みです❤︎これからも楽しみにしています！ (4月3日 2時) (レス) @page25 id: ff02d19e18 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：をる | 作成日時：2024年3月25日 3時
