恋に落ちる音。【ＳＳ】 (ページ5)

今日:38 hit、昨日:0 hit、合計:60,628 hit

～５～ページ5

そして時が経ち、立派な社会人になった俺だけども。

「あ゛～･･････マジでないわ････」

何度か咳き込みながら階段を上がる。

入社して一か月が経った頃、俺は最悪の状態で会社に来ていた。

････お察しの通り、風邪を引いてしまったわけですが。

熱はないし、ただ喉が痛いだけ。

でも普段の声とは全然違うし、マスクをしているからか
ほとんどの人間は俺が「櫻井翔」だとは思いもしなかったんだろう。

普段はうるさくすり寄ってくる女もスルーしていった。

はぁ･･･こんな状態でも仕事はしなきゃな。

肩を落としながら、できるだけ人と会わないように階段を上っていく。

と、急に目の前に女が現れた。

『うわっ！？ご、ごめんなさい！』

急いでいるのか、ドアから勢いよく出てきた。

････見たことないな。ってことは営業部の人間じゃないってことか。

まぁ、こんな可愛い顔した女いたら覚えてるか。

ふと視線を上に移すと、「人事部」と表記されていた。

ああ、なるほど。

『ほ、本当にごめんなさい！怪我はない！？』

「････別に、大丈夫です」

がらがらの声で返事する。

すると女は目を丸くした後、鞄を漁りだした。
急いでたんじゃなかったか？

『あの、もしかして･･････って、もしかしなくても風邪だよね？』

「まぁ････はい」

『それじゃ、これ！』

手を出すよう言われ、不審に思いながらそっと出す。

ころん、と手のひらに転がったのは飴玉。

「のど飴。よかったらどうぞ」

「････何で」

「後輩が風邪引いたみたいで、さっき買いに行ったの」

ああ、なるほどな。
なんて納得してる俺に、女はふんわりと笑いかけた。

「早く治るといいね」

その瞬間、ぶわっと何かがこみ上げてくるのを感じた。

吐き気？いや、そんなものじゃない。

甘ったるい感覚。

熱い。熱くて今にもぶっ倒れそう。

は？もしかして惚れた？

嘘だろ。のど飴貰っただけで？

いやいや、どんだけ安い男なんだよ俺は。

でも、目の前の女が輝いて見える。

白くて細い腕に触れたいと思ってしまう。

その赤い唇に口付けしたいと＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿

「(って、何思ってんだ俺！？)」

女に対してそんな感情持つわけない。ましてや初対面の人間に。

････････だけど。

『あ、もう行かなきゃ！じゃあね。お大事に！』

去っていくその背中に、恋焦がれてしまった。