まだ見ぬ地図～短編集～ (ページ34)

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少しだけ、危険な匂いがして首を傾げると安田さんは薄暗い空間で怪しく笑ってて。

「Aさん、聞いて欲しいねん」

なんて言うから、なんですか？なんて平気なフリして聞き返す。
安田さんはそんな、私の強がりなんか完全に見抜いてるよ。と言わんばかりの笑顔を見せてくる。

「あんなぁ、この映画選んだの、僕らと同じ境遇やからやねん」

ほんまは別の映画が見たかってんけどな。と笑う安田さん。
彼いわく、この映画は前見てすごい素敵なストーリーで好きだったんだけどたまたま同じ状況になってしまったから、この映画のように今日1日エスコートしよう、と考えてくれてたらしくて。

「その映画通りに進めたかってんけど、Aさんがめっちゃ可愛ええこと言うから予定変更してもうたわ」

なんて照れくさそうに髪の毛に触れながら話す安田さんの顔は、緩んでいるのに少しだけ男らしさが浮かんで見えてハッとする。

「昨日、Aさんが店に入ってきた時に惚れてもうた。僕と、付き合って欲しい」

わざとみたいに展開が早くて、頭が少しだけクラクラする。
返事は今やなくてもええから。なんて言う安田さんに頷けば、彼はまた優しい笑顔になる。

「ほんなら、次んとこ行きましょか」

なんて、私を見て立ち上がるから後を着いていく。
朝から映画を見たからお昼を少しすぎたくらいの時間になってて、安田さんのお腹が可愛く鳴ったから多分、次の行先は食べ物屋さんだなぁ。なんて思いながら。

本当に一瞬、あっという間な感覚でデートは終わる。
あの後、ご飯を食べて買い物をして少し早めだけどまたご飯を食べて送って貰って。

この時はまだ知らなかったけど、まるで私の夏から彼が居なくなる時のように本当に一瞬で。

「ばいばい」

なんて言われた言葉が頭をふわふわとお散歩するから、一人で部屋でにやけてるんだろうなぁ。なんて思いながらベッドにダイブする。

1日動いたあとのこの行動は私にとってかけがえのない瞬間で、誰にも譲れないものだと思う。
きっと、同棲しても結婚しても、このくせだけはやめられない気がして。

そのまま目を瞑ると夢の世界に旅立つのに長い時間はかからなかった。