12 ページ13
.
.
Aは自宅へと向かうタクシーの中で幸村の言葉を思い出していた。
(「いつの間にか期待に応える事が俺の役目だと思ってたんです。でも俺の役目は俺の目指す場所に向かう事だった。」)
「役目…か」
窓から街中を覗き込めば正月ムードが漂う、Aの知らない街になっていた。
静かで穏やかなこの街も、正月ともなればこうにも賑やかになる物なのかと日常とのギャップに微かに驚いた。
苦しいのならば、抜け出してしまってもいいのだろうか。
否、その考えをAは瞬時に振り切った。
Aは抜け出さなかったからこそ、今の歌手としての"不動の地位"を築く事が出来た。
苦しくても、悔しくても、悲しくても、切なくても。
どんな感情がAに襲いかかろうとも耐え笑顔を絶やさなかった。マイクを握り歌い続けた。
その結果が、今だ。
幸村の選択は、Aにとっては過去のAの裏切り以外の何でもなかったのだ。
そんな事、Aには出来なかった。
Aは瞳を閉じて睡魔に身を任せた。
.
自宅の高層マンション近くでタクシーから下り、一息つくと息が白くなった事に気付き頬を綻ばせた。
怒涛の年末で正月が過ぎ去ることは勿論、冬が訪れた事にも気付かずにいた。
スタジオに缶詰状態、というのは支えてくれるスタッフに失礼なのだがまさにその表現がピッタリなくらいAはスタジオにいた。
これでも三年目、もう慣れたと思っていたAの心身は案外にも参っていたみたいだ。
明日から一週間遅すぎる冬休みを頂戴したAはマンション備え付けのコンビニでお酒とお供でも買おうと足を進めた。
「あれ、Aさん？」
聞き覚えのある声に振り返れば、ほんの十数分前に考えていた彼が寒そうにポケットに両手を入れて立っていた。
あ、と声がAから零れた。
「Aさんこのマンションだったんですね、ここ、俺も住んでて…」
「…へ、そ、そうなんですね…！」
ふ、と口角を苦々しく上げるとAのそれに気が付いたのか幸村が申し訳なさそうに眉を下げた。
「ここ、記者張ってたりするんです。……気を付けてください。」
Aがまだ距離のある幸村に視線を向けないように商品棚を探りながら告げる。
幸村は「はは」と乾いた笑みを零して、重たく溜息を吐いた。
チラリ、と幸村に視線を移せば照明に照らされた幸村の横顔が見え、酷く美しい姿に思わず胸が跳ねた。
.
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 55人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
桜田 しおり(プロフ) - も執筆中です。これからも桜田しおりをよろしくお願いします。 (2019年3月31日 0時) (
レス) id: ef32a79d1d (このIDを非表示/違反報告)
桜田 しおり(プロフ) - 更新停止という形で一時完結になります。また時間がありましたら、地道に更新していく予定ですのでどうぞよろしくお願いします。また時間がありましたら、中編レベルの作品も更新していく予定ですので、、そちらの方もよろしくお願いします。ただいま「我儘」という作品 (2019年3月31日 0時) (レス) id: ef32a79d1d (このIDを非表示/違反報告)
桜田 しおり(プロフ) - 一時更新停止という形でお休みさせていただきたいと思います。今作を楽しみにしてくださる方には大変申し訳ございません。ですが有難いことに私生活の方が多忙で、その多忙の中で書く作品は私も面白くないですしきっと皆様も面白くないと思うんです。ですので、今回は (2019年3月31日 0時) (レス) id: ef32a79d1d (このIDを非表示/違反報告)
桜田 しおり(プロフ) - コメントで失礼させていただきます。ラブソングを貴方に、を閲覧してくださった方本当にありがとうございます。作者の桜田しおりと申します。今作は思っていた以上に長く続く作品となりましたらいい。来年度からまたより一層忙しくなる事が予想されます。ですので今作は (2019年3月31日 0時) (レス) id: ef32a79d1d (このIDを非表示/違反報告)
桜田 しおり(プロフ) - 、さん» ありがとうございます！ご期待に添えるように頑張ります！応援よろしくお願いします。 (2018年12月29日 10時) (レス) id: ef32a79d1d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：桜田 しおり | 作成日時：2018年12月26日 0時
