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第261話 ページ33

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身体がだいぶ楽になって、鬼の攻撃もいつものように抑えることができるようになった頃、ようやく顔を上げた。

更衣室にかかっている時計は実験が終わってから3時間ほど経っていて、もう夕方だった。そろそろ動かなければ、行きがけに伝えておいた帰宅時間を過ぎてしまう。

まだ若干の怠さが残る身体に鞭打って立ち上がり、軍服に着替える。ああ、しんどい。いつもより長引いてるな、と思った。


<もう諦めたらどうだ?>

「‥‥なにを」

<わかってるだろ。おまえの中の天使は確実に身体を侵食してる。このままじゃあいつらに見せたくもない姿を晒すことになる>

「‥‥あは、それは嫌だな」

力なく笑うしかない。だってもう手遅れじゃないか。この世界は後悔をさせてくれるほど優しくない。やると決めたからには、せめて彼らが無事に「向こう」に戻るまではやる。そして中将から門発生装置を取り戻さなくてはならない。今あの人の機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。


腰に刀を差して、実験場のある建物を出た。陽が落ちかかって、空は燃えるような橙色に染まっている。それをぼんやり眺めてから、官舎への道を歩き出した。

「A」

不意に名前を呼ばれて、声のした方を見る。グレンが立っていて、その手には書類の束があった。新しい仕事か、と憂鬱になる。そんな私の心中を知ってか知らずか、「中身確認するだけでいい。急ぎでもない」とそれを手渡した。

「‥‥了解」

「あと、これ渡しておく」

それは注射器だった。「‥‥何これ? 何の薬?」と聞くと「鬼呪促進剤だ。持っとけ」と言った。

「錠剤持ってるよ」

「それより即効性がある。いざという時のためだ」

突き返す暇もなくグレンはひらりと手を振って去った。「‥‥注射器ハダカで渡す馬鹿がどこにいるのよ」と文句を言って、私も自分の家路を辿る。

官舎の階段を上って、玄関の前で深呼吸する。大丈夫。───大丈夫。

鍵を回して、ドアを開ける。そしてそこにいた人物にぎょっとした。

ポケットに両手を突っ込んだ公平が仁王立ちして待ち構えていて、廊下の端で菊地原が壁を背にして座っている。そばに歌川も立っていて、私を見るとぎゅうと唇を噛んだ。その向かいでは風間さんが腕を組んで壁に凭れていた。

部屋の奥から太刀川さんが出てきて、「遅かったな」と言う。


───ああ、これ、全部ばれてるなぁ。

身体の重さ以上に、気分が重くなった。


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じゆんきむ(プロフ) - 返信ありがとうございます。楽しみに待ってます! (1月11日 21時) (レス) id: 3005c0f58d (このIDを非表示/違反報告)
夏向(プロフ) - じゆんきむさん» 返信遅くなりすみません。現在修正中なんですがリアルが忙しくて…。年度内には再公開できればと思っております (1月11日 2時) (レス) id: b371f4960f (このIDを非表示/違反報告)
じゆんきむ(プロフ) - 7個目の話はいつ公開されますか?? (12月27日 1時) (レス) id: 3005c0f58d (このIDを非表示/違反報告)
雫鶴鳩 - ありがとうございます!!見捨てなんてしませんよ(笑)これからも更新頑張ってください!! (2017年10月21日 17時) (レス) id: 86c88d0ffc (このIDを非表示/違反報告)
夏向@テスト期間は低浮上(プロフ) - 雫鶴鳩さん» (続き)読みにくいかと思われますが、今後はそのように解釈していただけると嬉しいです。これからもこの小説を見捨てないでいただけると大変ありがたいです! (2017年10月21日 10時) (レス) id: 2e5a8262c2 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:夏向 | 作成日時:2017年10月10日 16時

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