Episode8 ページ10
『徹、ちょっといい？』
扉をノックして返事を待つ。
少し間が空いて、扉が開かれた。
「ん、どうしたの」
徹が優しく声をかけてくれる。伝えなければならないけれど、言い出したら泣いてしまいそうな気がした。
顔を上げられず、言葉も出ない。けれど徹は何も言うことなく、そんな私を待っていてくれた。
『私、徹に話さなきゃいけないことがある』
「中で話そうか」
部屋に招かれ、私は座椅子に座らさせられ、徹は向かい合うように布団の上に座った。
それからも急かすことなく、静かに待ってくれる徹。まるで私が言いたいことを知っているかのようだった。
『私が中学でバレーを辞めたのは、ね』
「うん」
優しく頷く徹は、私の全てを受け入れてくれるんじゃないかとすら思った。
『徹に嫉妬して、劣等感に苛まれたから、なの』
涙をぐっと堪えて声を出す。絶対に言うことは無いと思っていたこの醜い感情を本人に伝えたのだ。苦しくて仕方がない。
「分かってたよ」
徹が小さくそう呟いた。私は驚いて顔を上げた。
「Aがバレーを嫌いになるわけが無いって思ってた。理由は分からなかったけれど、絶対に違うって。その証拠に今は俺たちのマネージャーしてくれてるじゃん」
嫌いだったらしないでしょ、と言って笑う徹の表情があまりにも柔らかくて、つい涙が溢れた。
「泣かないで、可愛い顔が台無しだよ」
徹は私の涙を拭い、自分の涙も拭った。
どうして徹が泣くのかは分からなかったけれど、徹も徹なりに悩んでくれていたのだろう。
『私、徹の全部が羨ましかった』
『運動神経が良くてバレーのセンスがあったこと、勉強が得意なこと、顔も良くて性格もいい、全部全部、羨ましかった』
溢れる言葉をつらつらと垂れ流していく。
徹は私の頭を撫でた。やさしく、そっと。
「俺も、Aが羨ましかった」
伏し目がちに徹はそう言った。
「俺には才能がなかった。だから努力をしてセンスを磨いた。それに比べてAは才能があった。俺みたいに努力をしなくても強かった。Aは生粋の天才だった。羨ましくて仕方がなかった。」
徹の潤んだ瞳は、嘘をついているようには見えなかった。
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作者名：泡姫 | 作成日時：2024年2月26日 17時
