Episode6 ページ8
「お前、及川に嫉妬したんだろ」
事実を突きつけられ、胸を刺されたような感覚に陥った。
事実を事実と認めたくない私と、事実を事実と認めてしまいたい私。両者が私の心の中で冷戦を繰り広げていた。
『嫉妬なんて、生易しいもんじゃないのかも』
自嘲気味に私がそう言うと、花巻は僅かに口角を上げた。
「お前は素直になればいいのに」
そう言って花巻は自分の荷物を持ち、立ち上がった。
「ほら、もう暗くなるから帰んぞ。花巻サンが送ってやる」
そう言う彼について私も自分の荷物を手に立ち上がった。
帰り道は静かで、ほとんど会話は無かった。
けれど花巻は私に合わせてゆっくり歩いてくれていた。
『…劣等感……』
「ん？」
『強い劣等感に、襲われた』
ふと口をついて出てきた言葉。私が長い間ずっと感じていたもの。何故か花巻なら受け入れてくれる気がした。
「劣等感、ね」
『そう、何をやっても徹にはかないっこないって。そう気がついたらもう全部ダメに感じて、何も出来なくなって、バレーも……辞めた』
花巻は黙っていたけれど、ちゃんと聞いてくれていた。
「本人には言わねぇの？」
『言えないよ、こんな醜い感情。伝えられるわけがない。そのせいで徹と距離を置いたなんて話せるわけない。絶対に軽蔑される』
「じゃあ岩泉は？幼馴染なんだろ？」
『無理。はじめくんも私を軽蔑するに決まってる』
花巻は困ったように少し笑いながら後頭部を掻いた。
「じゃあ、なんで俺には話したんだよ」
『それは……』
そんなの私にも分からなかった。花巻は私をもう一度バレーの世界に連れてきた人だったから。
『花巻は、軽蔑した？』
「いいや全く」
『よかった。花巻に軽蔑されたら私友達いなくなっちゃう』
私がそう言ってへらりと軽く笑うと、花巻は再び口を開いた。
「俺がしないんだし、誰も軽蔑しないんじゃね？」
花巻に言葉にまた強く揺り動かされた。
そんなわけない、ずっとそう思っていたから。他者に言われて初めて考えが改まることがあるとはよく聞くが、まさに今がそうなのではないだろうか。
花巻に言われなければ私はそうかもしれないと思わなかったのではないだろうか。
人間とは実に難しい。言葉にしなければ気持ちが伝わらない少し面倒臭い生き物だ。
そうか、伝えなければ、誰も分からないんだ。
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作者名：泡姫 | 作成日時：2024年2月26日 17時
