18話 ページ19
一瞬の出来事だった。
相澤先生のその一言で、それまで聞こえていた蝉の声とか、みんなの応援歌とか、そんなのが全部遠くなっていった。
頭の中が真っ白になって、何も考えられなくて。まるで、今この空間が物凄く静かになったみたいに、周りの音という音が、消えた。
「種目には出なくていい、先生と一緒に病院に行こう」
相澤先生にそう言われて、ハッと我に返る。足が震えて動けない。差し出された相澤先生の手が、掴めない。掴んだら、掴んでしまったら、それはお母さんがそういうことだって、認めることになると思ったから。
「せ、んせ…」
やっと出た言葉は、たったそれだけで。相澤先生はそっと私の手を取り職員室を出た。そこから病院までの記憶は、ない。
気づいたら私は病室の前で相澤先生と待っていて。静かな廊下に、扉の開く音が響く。
ばっと顔を上げると、中から出てきたのはお医者さん。
…そして、ゆっくりと首を横に振った。
それなりにテレビドラマを見ていた私は、医師のその行動が何を意味するのか、手に取るようにわかった。
嘘だ
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
全部全部、私のせいだ。
私が、運動会に来てなんてせがんだから。もしこの日、お母さんがいつものように仕事に行っていたら、事故に遭うことは無かった。
…全部、私が悪い。
瞬間、今までどうやって呼吸をしていたのかが分からなくなった。
吐く時、吸う時。あれ、どうだっけ。
苦しくて苦しくて、涙も出ない自分が憎かった。
初めて感じた、身近な人の"死"
それが母なんて、神様はあまりにも残酷すぎる。お父さんは生まれた頃にはもういなくて、顔すら見たことがない。
頼れる人がいない
唯一の救い。唯一の居場所。そんな母がいない。そんなの…ありえない。
相澤先生が背中をさする。
肩を抱いて、ゆっくりと自分の方へ引き寄せると、頭に手を置いてぎゅっと私を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫…っ、Aちゃんは、先生が守るっ…!約束、絶対っ」
頼れる人がいない今、この人の温もりに縋る以外、この心の穴を埋める方法など見当たらなかった。
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相澤先生は女性です
一応25歳としときます。新米教師です。覚えなくても特に物語への支障はないです
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作者名:なえ | 作成日時:2017年9月14日 17時