サラリーマン ページ24
今回皆さんには僕が生きてきた中で、一番怖かった出来事をお話ししたいと思います。それはよく晴れた日のことでした――。
僕はその日、サラリーマン人生の中で一番緊張していました。その日は超大手広告会社とのそれはそれは大切な商談を控えていたのです。上司とは現地で会うことになっていて、僕が持って行く資料と商品サンプルがないことには何も始まりません。責任は重大です。上司からは、「絶対に遅刻するなよ」と念を押されていました。
なのになんの因果か、いつも通(とお)っている道で交通事故が起きて迂回させられたり、通る道全てで赤信号に引っかかたり、挙げ句の果てには渋滞に巻き込まれるなどなど、色々な不幸が重なり、いつもより家を早く出たにも関わらず、時間はギリギリのギリでした。
駅に着いた僕は両手にサンプルが入った紙袋を提げ、脇に鞄をはさみながら急いで改札を通り、ほぼ駆け込み乗車のような形で快速電車に乗りました。車内は満員というほど人はいませんでしたが、それでも座席はほぼ埋まっていました。僕は運よく空いている端の席を見つけると、鞄を網棚に置き、サンプルを膝の上と脚の間に置いてひとまず息を吐きました。時計を確認すると予定より三分ほど遅刻しそうな時間です。降りる駅までは約二十分、目的の駅まで四駅。それまでは焦っていても仕方がありません。僕はとりあえず落ち着くため、車内をなんとなく見渡しました。
しかしいま思えば、それが恐怖の始まりでした。
向かいの自分と反対側の端の席に座る人は、もはや人と呼んでいいのかわからないほどの、それはそれは恐ろしい風貌(ふうぼう)をしていました。顔色に生気はなく、頬はこけて眼球が窪み、眉の毛は一本もありません。腕も脚も異様に細く、まるで骨に皮が張りついているかのようです。そのくせ髪は異様に長く、胸元辺りまで伸びていました。周りの人間がその人のことを全く気にしていないのが、より僕に不安を与えました。僕がじっと見ていると、奴が不意にこっちを振り向きかけ、僕はとっさに目を逸らしました。落ち着くどころではなかったです。僕はこの後の商談のことを頭の中で繰り返し繰り返しシミュレーションする事でなんとか気を紛らわせました。
----------------------
文字数の都合で切ります。
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:稲穂 | 作成日時:2021年4月8日 15時