【明治東京恋伽】月夜と黒猫のワルツ (ページ33)

今日:10 hit、昨日:16 hit、合計:69,450 hit

別人ですかページ33

鴎「時に、子犬ちゃん、おまえは伊勢海老とさざえ、食べられるかい？」

貴「はい。食べられますよ」

すると鴎外さんは大きな伊勢海老とさざえの乗った籠を机の上に乗せた。
とても立派な伊勢海老とさざえだ。一体どうしたのだろうか？

貴「これ、どうしたんですか？」

鴎「近所のご婦人が分けてくださったのだよ。さて、ではどのように調理をしようか。さざえは壷焼きか刺身でいいとして……うん。やはり伊勢海老も刺身だろう」

鴎外さんが次々と料理名をいうので私の頭には様々な伊勢海老とさざえの料理が浮かんできた。
考えるだけでもよだれが出そうだ。

「待ってください！」

鴎外さんの手伝いで籠をキッチンへと運ぼうとした時、隣から大きな制止の声が聞こえて肩をビクリと跳ねさせた。

鴎「ん？」

貴「どうしました？春草さん……」

振り替えると春草さんは肩を落としてプルプルと震えている。

春「刺身で食べる、ですって…？」

鴎「うむ。それがどうしたんだい春草」

春「神が作りたもうたこの美しい芸術品の数々を、刺身にしてしまうというのですか？海老茶色の艶やかな殻、細くたおやかな触角、見事にしなる機能美溢れた関節…」

貴「春草さんっ！？どうしましたか！？大丈夫ですか！？」

いつも無愛想な春草さんの様子が明らかに可笑しかった。
目は血走っているし、伊勢海老に対してまるで宝石を扱うかのような美辞の嵐。

春「はあぁっ…！俺にはできない、この完全なる存在に手をいれることなど、俺にはできない！」

鴎「そうは言ってもなあ春草、見ているだけで腹は膨れないのだよ。ではこうしよう。とりあえず先にさざえを壷焼きにして」

鴎外さんのもっともな言い分に私も頷いた。

そして鴎外さんがサザエに手を伸ばした瞬間、春草さんはそれを押さえにかかる。

はやっ！？目で追えなかった！？

春「駄目です、動かさないで！ちょっと待っていてください！」

それだけいうと春草さんは大急ぎでサンルームを出た………と思ったらほんの数十秒で手に半紙と筆を持って帰ってくる。

春「伊勢海老、そしてさざえ…！なんて斬新かつ好相性な組み合わせなんだ。まさに魂の邂逅としか言いようがない！伊勢海老の引き立て役と見せかけて、そのさざえの佇まいのなんと神々しいこと！貝殻の巻き具合も絶妙だ、いやむしろさざえのほうこそ真の主役であるのかもしれないぞ…！」

貴「……誰ですか？これ？」