検索窓
今日:1 hit、昨日:5 hit、合計:14,586 hit

漆拾肆──きすいせん ページ29

.


「まいど! しっかり冷えてるからね〜」
 威勢のいい店主への多少の気まずさに、Aは軽い会釈を置いた。遠方の任務地、市場のさわがしさに時折まざるセミの声。夏も終わるとはいえ昼は暑い、手にしたラムネをこくりと飲む。
 面をかぶる夜は楽である。無駄なことは考えず、ただ目の前の敵を斬りさえすればいいから。いっぽうで日のある時間は退屈でしかない。以前はそうでもなかったと思う、人と話すのは楽しかったし──もう長らくまともな会話をしていないことに気づけば、くっと胸が縮まって。悲しさ、寂しさ、どうしようもない。相棒を失っては、もう。
 となりの路地に逃げる。あまったるい液体を流しこんで、ばりん! 足もとにガラス片が散らばった。むしゃくしゃしたAの目についたのは、不規則に割れたほかとはちがって丸く形をたもつガラス玉。
 ふと思いだす、小さいとき、お祭りがうらやましくて使用人にせがんだことがあった。断られてもあきらめきれず頼みこむと、彼はこのラムネを買ってきてくれたのだ。それがうれしくて、父に見つかったら怒られてしまうだろうが、その初めての味が忘れられなくて。それからお祭りのうわさを聞くたびにラムネを頼んだ。思い出にかならずこのガラス玉をとりだして集めたな、なんて懐かしむ。こんなもの、なんの役にもたたないのに。
 あの使用人は──八作は、本当に優しかった。父に従うのが彼の仕事であるのに、いつもAのわがままを聞いてくれた。いろいろなことを話してくれた。どんなときもそばにいてくれた。たくさん愛してくれた。会いたい、会って話したい。相棒のことばかり考えていらいらして、ずっと手紙を出していない。いや、手紙を出して返事が来たことは……。
 もしかして、あれらは彼のもとに届いていないのだろうか? もしそうだとしたら? 彼はAを死んだものと思っているのではないだろうか? 自分を忘れてしまっているのではないだろうか?
 そんな不安が頭によぎって、ただこうしてはいられなかった。Aの足は勝手に動いて、そうして実家についたのは夕方だった。休みなく走りつづけた。体じゅうがくがくで力が入らない。屋敷はあのころと変わらず堂々と建っていて、扉を開けば、きっと。Aは一歩、その大きな門へ近づいた。するり、美しい彫刻をなぞる。なんでもいいからつながりがほしかった。愛が、ほしかった。


黄スイセン──私のもとへ返って、もう一度愛して、うぬぼれ

.

漆拾伍──すかびおさ→←漆拾参──あるすとろめりあ



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.7/10 (51 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
113人がお気に入り
設定タグ:鬼滅の刃 , 錆兎 , 長編   
作品ジャンル:恋愛
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

Rabbita(プロフ) - kokonaさん» とてもうれしいです、ありがとうございます。一ヶ月に一度の更新をつづけていけるように尽力いたします。今後ともよろしくお願いいたします。 (2023年4月13日 2時) (レス) id: 107e758410 (このIDを非表示/違反報告)
kokona(プロフ) - 投稿楽しみにしていました! (2023年4月8日 12時) (レス) @page39 id: d3088186d6 (このIDを非表示/違反報告)
Rabbita(プロフ) - かおりさん» ありがとうございます。 (2022年12月19日 19時) (レス) @page36 id: 107e758410 (このIDを非表示/違反報告)
かおり - よかったです!これからも更新楽しみにしてます! (2022年10月22日 18時) (レス) @page35 id: bc17a1db16 (このIDを非表示/違反報告)
Rabbita(プロフ) - かおりさん» ご心配ありがとうございます、ただいま更新させていただきました。「待ってます」とのお言葉に本当に救われました。不定期ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。 (2022年10月16日 15時) (レス) id: 107e758410 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:Rabbita | 作成日時:2022年1月1日 19時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。