漆拾肆──きすいせん ページ29
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「まいど! しっかり冷えてるからね〜」
威勢のいい店主への多少の気まずさに、Aは軽い会釈を置いた。遠方の任務地、市場のさわがしさに時折まざるセミの声。夏も終わるとはいえ昼は暑い、手にしたラムネをこくりと飲む。
面をかぶる夜は楽である。無駄なことは考えず、ただ目の前の敵を斬りさえすればいいから。いっぽうで日のある時間は退屈でしかない。以前はそうでもなかったと思う、人と話すのは楽しかったし──もう長らくまともな会話をしていないことに気づけば、くっと胸が縮まって。悲しさ、寂しさ、どうしようもない。相棒を失っては、もう。
となりの路地に逃げる。あまったるい液体を流しこんで、ばりん! 足もとにガラス片が散らばった。むしゃくしゃしたAの目についたのは、不規則に割れたほかとはちがって丸く形をたもつガラス玉。
ふと思いだす、小さいとき、お祭りがうらやましくて使用人にせがんだことがあった。断られてもあきらめきれず頼みこむと、彼はこのラムネを買ってきてくれたのだ。それがうれしくて、父に見つかったら怒られてしまうだろうが、その初めての味が忘れられなくて。それからお祭りのうわさを聞くたびにラムネを頼んだ。思い出にかならずこのガラス玉をとりだして集めたな、なんて懐かしむ。こんなもの、なんの役にもたたないのに。
あの使用人は──八作は、本当に優しかった。父に従うのが彼の仕事であるのに、いつもAのわがままを聞いてくれた。いろいろなことを話してくれた。どんなときもそばにいてくれた。たくさん愛してくれた。会いたい、会って話したい。相棒のことばかり考えていらいらして、ずっと手紙を出していない。いや、手紙を出して返事が来たことは……。
もしかして、あれらは彼のもとに届いていないのだろうか? もしそうだとしたら? 彼はAを死んだものと思っているのではないだろうか? 自分を忘れてしまっているのではないだろうか?
そんな不安が頭によぎって、ただこうしてはいられなかった。Aの足は勝手に動いて、そうして実家についたのは夕方だった。休みなく走りつづけた。体じゅうがくがくで力が入らない。屋敷はあのころと変わらず堂々と建っていて、扉を開けば、きっと。Aは一歩、その大きな門へ近づいた。するり、美しい彫刻をなぞる。なんでもいいからつながりがほしかった。愛が、ほしかった。
黄スイセン──私のもとへ返って、もう一度愛して、うぬぼれ
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Rabbita(プロフ) - kokonaさん» とてもうれしいです、ありがとうございます。一ヶ月に一度の更新をつづけていけるように尽力いたします。今後ともよろしくお願いいたします。 (2023年4月13日 2時) (レス) id: 107e758410 (このIDを非表示/違反報告)
kokona(プロフ) - 投稿楽しみにしていました! (2023年4月8日 12時) (レス) @page39 id: d3088186d6 (このIDを非表示/違反報告)
Rabbita(プロフ) - かおりさん» ありがとうございます。 (2022年12月19日 19時) (レス) @page36 id: 107e758410 (このIDを非表示/違反報告)
かおり - よかったです!これからも更新楽しみにしてます! (2022年10月22日 18時) (レス) @page35 id: bc17a1db16 (このIDを非表示/違反報告)
Rabbita(プロフ) - かおりさん» ご心配ありがとうございます、ただいま更新させていただきました。「待ってます」とのお言葉に本当に救われました。不定期ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。 (2022年10月16日 15時) (レス) id: 107e758410 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:Rabbita | 作成日時:2022年1月1日 19時