46 ページ46
「ーーそろそろ慣れた？」
レジの集計までやって、あとは身支度をして店を出るだけ。
そんな状況で向こうから話しかけてくるとは、珍しい。
ここに来て、初めてかもしれない。
「まあ、なんとかね。
今日みたいにヘマも多いけど」
「あれは店長が悪いって言っただろ」
「ほんと、心臓が止まりそうだったよ・・・」
喋りながら、バックヤードに入る。
店頭に並べる前の書籍が積まれた空間は、実際の物量以上に雑然として見えた。
「ーーそうだ櫻井くん。
前から思ってたんだけど、店長さんってカワウソに似てない？」
「は？」
折角の雑談タイム。
是非この想いをバイト仲間として共有したいと思ったのだが、慎也は面食らっていた。
「カワ・・・ウソ？」
ハーフフレームの眼鏡をおさえて、長考に入る。
どうしよう。
あまり似ていなかっただろうか。
「いいよ別に、私が心の中で思うだけにするから」
誰に否定されようとも、この説を譲るつもりはない。
「ずっとそんなこと考えてたのかよ。
変なやつ」
「よく言われる」
笑ってもらえたなら、僥倖だ。
私物を入れたロッカーの扉に、手をかける。
隣のデスクに置かれた事務用のPCが、青く光っていた。
先程シャットダウンの操作をした筈なのに、何かの更新作業を始めてしまったようだ。
「ーーメンの人、元気？」
「え？」
「米津玄師。
俺がここにいたら、面白くないんじゃないの」
どういう意味だろうか、それは。
真衣は色々考えてみたが、結局そのまま自分のロッカーを開ける。
「面白くないって言っても、米津さんには関係ないことだよ」
思い出したら、また腹が立ってきた。
「勝手に勘繰られて文句言われても、こっちは違うとしか言えない。
信用されてないのは悔しいし」
「俺は、あの人の気持ちが分かるけどな」
真衣は少しビックリしてしまった。
まさかそこで、玄師の肩を持つとは思わなかった。
「だって俺、去年の秋の飲み会で久里坂送った時、本人に言ってるから。
久里坂に告白したことも、まだ狙ってることも」
ーー嘘だろ、と思った。
だから玄師は口煩かったのか。
振り返って確認した慎也の顔は、冗談を言っているようには見えない。
元より慎也は、こんなところで小粋なジョークを繰り出す人間ではない。
兎に角無口で不器用なりに、言う言葉に嘘がないのが彼だ。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 7人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：井原 | 作成日時：2023年2月28日 3時
