31 ページ31
いいなあ・・・ここ大学に近いし、時給も今より50円高い。
貼り紙の条件をしげしげと眺めていたら、その店から人が出てきた。
シャツに濃紺のエプロンという、いかにも小売店の店主といった格好をした老人だ。
小柄で、歳のわりに目がくりくりしている。
何だかカワウソに似ていると思った。
その場で彼は、店頭の安売りワゴンの整理を始める。
「・・・もう閉店時間なんですけどね。
中、見るなら見ちゃって良いですよ。
どうします」
「あ、いえ。
そうじゃなくて」
真衣は慌てて手を振る。
そうではない。
買いたいのではなくーー。
「その・・・バイト募集の貼り紙を見ていて」
貼り紙を指差す真衣に、店主は整理の手を止めた。
「キミ、アルバイトしたいの？」
「はい。
そこの明青大の2年です。
文学部で、書店勤務の経験もあります。
偶然見かけただけで、まだ履歴書とか買いてないんですけど」
「いやいや、いいよ。
そんなの、仕事始める時に書いてもらえれば。
やってくれるならだけど」
へ？
真衣はポカンとする。
「採用して下さるんですか？」
「そりゃ人手が欲しいから、募集してるんだもの。
条件が合うなら、ぜひお願いしたいよ」
「こ、こちらこそ！」
凄いぞ、いきなり大進歩だ。
「今日、まだ時間ある？
中に入って、詳しいこと話したいんだけど」
「問題ないです！」
大丈夫です大丈夫です。
こくこく頷きながら、店主に続いて自動ドアをくぐる。
「勤務日は6月からにしていただけると、ありがたいんですけど」
「いいよ。
その辺も詰めようね」
店主はレジ裏のバックヤードにある戸口に顔を突っ込み「おーい」と間延びした声を上げる。
「朗報だぞー、やっとキミの求めていた交代要員が現れた」
「・・・何言ってるんですか？」
「欲しい欲しいって、ずっと言ってただろう。
しかもほら、女学生だ」
「それは貴方が嬉しいだけじゃないですか」
どこか冷めた感じの声が、バックヤードの奥から聞こえてくる。
そうして遅れて顔を出したのは、真衣と同年代の若者だった。
やや線の細い女顔で、ブルーのハーフフレーム眼鏡をかけている。
「あれ、何。
もしかして知り合い？」
店主が真衣たちの間で、ちょろちょろと首を動かす。
「・・・久里坂」
「櫻井くん・・・」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 7人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：井原 | 作成日時：2023年2月28日 3時
