冬の日 (ページ9)

今日:8 hit、昨日:0 hit、合計:635 hit

9 ページ9

玄師の見た野原に、いつかこの車で辿り着きたいと願いながら。

今となっては、あの夜の出来事が丸ごと夢みたいに感じられる。

急に現れた男と、西へドライブする。

窓の外を流れる暗い景色も、街の明かりも。

全てが夢の中の光景のようだ。

どうして玄師と同じ星を見ていると信じられたのだろう。

それはあまりにも遠くにあって、触れて確かめることも出来ないのに。

私は大人になるまでも、大人になってからも、星座を探すような歯痒さを何度も味わった。

「あの星とこの星を結んで」と説明しても、並んで夜空を見上げる人に、正確に伝わっているのか分からない。

確認する術もない。

多くの人が経験したことがあるだろう歯痒さだ。

そんな時私は、玄師と見た夜空を思い出す。

天の星が全て掌に収まったかのように、何もかもが伝わりあった瞬間を。

あの時の感覚が残っている限り、信じようと思える。

伝わることは確かにあるーーと。

私が偶に車の後部座席で眠るのを、今付き合っている人は「危ないからやめてほしい」と言った。

「そんな所で寝て、凍死したり熱中症になったりしたらどうするんだ。
車上荒らしに、車ごと連れ去られるかもしれないし」

玄師みたいなことを言うなと思った。

私が笑うと、彼はソファーにクッションと毛布を並べる。

「今夜はココで我慢して。
車の後部座席と似たようなもんでしょ」

「ぜんっぜん違うよ」と私が異を唱えると「そこは想像力でカバーする」と彼は言った。

この人と暮らすのは、結構楽しい。

でも彼が来ない日にこっそり後部座席で寝ることは、やはりやめられない。

玄師は何処へ行くか言わなかった。

だから私は、玄師が戻って来るのを待っている。

いつかきっと、気付いたら車は走っていて、運転席には玄師が座っているのだ。

私は玄師に、色んな話をするだろう。

スフィンクスを見に実際にエジプトへ行った事も、後部座席での想像の旅を、未だにやめられずにいる事も。

冬の夜空を見上げる度に、オリオン座の下にあるウサギ座を探さずにはいられない。

玄師の見た夢に似た野原に、私も夢の中で行ったことも。

話は沢山ある。

だけど何よりも玄師に伝えたいのは〝私を守ってくれてありがとう〟ということだ。

玄師は多分、とても昏い場所へ行こうとしていた。