冬の日 (ページ3)

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「どこへ行くの？」

「大阪。
急ぎの用があるんだけど、駅や空港を使うのは、ちょっと不味いんだよね。
もっと早く気づいてたら、その辺の道で適当に降ろしてあげられたんだけど」

「今から降ろしてくれて良いよ」

サービスエリアの標識が窓の外を流れるのを、私は恨めしい思いで眺める。

「駄目」と玄師は言った。

「そうしたらキミ、家に電話するでしょ」

「しない。
お金持ってないもん。
ケータイも持ってないし」

携帯が無いのは本当。

でも、ポシェットの中に300円程入っていた。

ただ夜になって父が家に戻るまでは、電話をするつもりはなかった。

私が車に乗っていたことを、母は知らないのだ。

今電話をして母に怒られるのは、ごめんである。

「何で車の中に1人でいたの」

玄師に聞かれ、私は答えに詰まる。

「ママがすぐ戻ってくると思ったから」

「それは分かるけど。
ドアロックもかけてないし、キーは差しっぱなしだし」

玄師は首を傾げる。

「でも、いくら呑気な土地柄で、近所のスーパーだとしても、子供が乗ってるわりには不用心過ぎない？」

私が黙っていると、玄師はニヤニヤした。

「キミ・・・母親が気付かないうちに、こっそり後部座席に乗ったんだろう」

「何で分かったの？」

「俺も子供の頃、よくやったから」

助手席と運転席の間にある物入れを左手で探り、玄師は見つけたガムを口に放り込む。

「キミも食べなよ」と、ウチの車にあった物なのに、私にも勧めた。

眠気覚ましのガムはとても辛く感じられて、私は舌を出してヒーヒー言う。

玄師は楽しそうに肩を揺らした。

「だけど、危ないからやめときな」

「何が？」

「後部座席でのかくれんぼだよ。
真夏に車の中に置き去りにされて死ぬ子供が、毎年何人もいるんだから」

「今は冬だもん」

「冬でも危ない。
キミの母親、迂闊みたいだし」

「うかつって？」

「うっかりしてるってこと。
車庫の中でエンジンかけっぱなしにされてみな。
一酸化炭素中毒で死ぬかもしれない」

「お兄さんみたいな人に、車ごと誘拐されるかもしれないしね」

「『お兄さん』じゃなくて、折角なら名前で呼んで」

「玄師くん？」

「うん」

明かりの灯り始めた遠くの町が、防音壁の隙間から一瞬だけ見える。

「ーーこれは誘拐じゃないよ。
キミのことは、必ず家に帰してあげる」