眠れぬ夜のセレナーデ〜3〜 (ページ6)

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紗代子という名前を聞くと、どうにも居た堪れない気持ちになる。

彼の口から紗代子の名が出てきた時も、何故か重苦しいく落ち着かない気分になった。

気にならないと言えば嘘になるが、紗代子がどんな人だったのか、真衣から尋ねたことは1度もない。

不用意に立ち入れば傷を抉ることになる気がして、口にできないというのもある。

けれど同時に、心の何処かで知りたくないと思っている自分がいることも確かだった。

どろぼう猫のきっかけが無かったとしても、紗代子の死が鶴丸に歪みをもたらした事は疑いない。

兄を亡くして均衡を失いかけた、真衣の母のように。

鶴丸がそれ程深く心を許した相手だから、紗代子のことを知りたくないと思うのか。

真衣自身にも、それはよく分からなかった。

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その日、真衣はいつもよりだいぶ早い時間に家を出た。

バイト先は住宅街を抜け、街道沿いに出た所にある宅配便の営業所だ。

普段は近道をするのだが、今日はわざと遠回りを選んだ。

照り付ける日差しにアスファルトが炙られて、熱気が全方位から押し寄せる。

東京で過ごす夏は初めてだが、命の危険がある程の暑さというのを、真衣はこちらに来てから初めて知った。

新潟も真夏になると猛暑と言える日もあるが、朝晩は過ごしやすい。

東京に比べれば遥かにマシだったと、改めて思う。

ジリジリという音が、肌が焼ける音なのか、降るようなアブラゼミの声なのかも分からない。

今が盛りと鳴き続ける蝉の声は、児童公園が近づくと耳鳴りのように大きくなった。

植え込みの外に枝を張り出すようにして、公園の隅に立っているのは2本の桜の木だ。

植え込みが短く刈り込まれ、公園がスッキリ見渡せるようになっているのは、子供の安全対策のためだろう。

それでも、桜の木は例外だと言わんばかりにどっしりと聳えている。

公園には入らず、塀の外側で歩道に立ち止まると、真衣は手を翳して桜を見上げた。

ぐるりと首を巡らせれば、北西側のビルの隙間から真衣が住む煉瓦色のマンションがチラリと見える。

ここが、茂之の言っていた紗代子の事故現場。

マンションのすぐ近くだと知っていても、なかなかこの場所に足が向くことはなかった。

真衣にとっては面識も無く、2年以上も前に亡くなった人だ。