眠れぬ夜のセレナーデ〜3〜 (ページ29)

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最後に黒猫の姿を見たのは、屋根に洒落た風見鶏のある建物の前だった。

もう手も足も棒のようで、クタクタになった真衣は、痛む肺を宥めながら荒い呼吸を繰り返す。

右を見ても左を見ても、黒猫はもう何処にもいない。

「真衣！」

「・・・ごめん。
逃げられた」

漸く追いついた鶴丸に真衣は告げる。

眠りまで断って、やっと本物を見つけたのに、最後の最後で取り逃すなんて、鶴丸に合わせる顔がない。

真衣の傍らに立った鶴丸は何も言わない。

さぞ失望しているのだろう。

そう思って恐る恐る視線を向けると、鶴丸は何故か呆然としたように目の前の建物を見つめていた。

何か驚くような事でもあったのかと、真衣もそちらに目を遣って、絶句する。

鶴丸が見つめていたのは、写真館らしき建物のウィンドウだった。

七五三や結婚式、ドレスアップした家族写真などが飾られたウィンドウ。

そこには、スナップらしき1枚の写真が混ざり込んでいる。

黒猫を腕に抱き、眩しいような満面の笑みを浮かべているのは、見覚えのある黒髪の女性だった。

「・・・何で？」

真衣の口から、思わずそんな声が漏れた。

写真に写っていたのは、日向に見せてもらったのと同じ、紗代子の姿だった。

・

・

カチカチと、柱時計の振り子が規則正しく時を刻んでいる。

空気さえ微睡んでいるような早朝の時間、真衣と鶴丸は写真館を訪れていた。

鶴丸と2人でウィンドウの写真を愕然と見つめたまま、どのくらいたった頃か。

写真館の脇の自宅らしき門扉から老人が顔を覗かせ「うちに何かご用ですか？」と尋ねたのである。

どうやら新聞を取りに外へ出て、2人に気付いたらしい。

鶴丸が写真の女性の元婚約者だと知ると、老人は驚いたように目を見張り、写真館の中に迎え入れてくれたのだ。

「家内が亡くなってから、どうも眠りが浅くなりまして。
明るくなってくるともう、寝床にじっとしていられないんですよ」

老人はそんな事を言って笑うと、2匹にお茶を振る舞ってくれた。

通されたのは、撮影用のビロードが張られた猫脚の椅子などが置かれた部屋だった。

「あの写真は、何故ここに？」

疑問に駆られたように、鶴丸はお茶を口につける間も惜しんで老人に尋ねる。

老人は自分の湯呑みでお茶を味わうと、ゆっくり息を吐いて言った。