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童磨は黙って鍋を食べ続けている。
「何で？」
「何でって・・・旦那さん、真衣がちょっとナーバスになってるみたいだって心配して、相談に来たんです」
「そう？」
真衣は、また頬を薄く痙攣させた。
「(相手の名前)は何て答えたの？」
「『今までと変わらないんじゃないですか』って」
真衣はようやく寛いだ感じで笑った。
そうやって笑うと、10代の頃と同じ表情になった。
「真衣、妊娠したんですね。
おめでとう」
「ありがとう」
真衣はようやく持ったままだったことに気づいたのか、椀と箸をテーブルに置く。
真衣の腹は、もう1つ生命を宿しているとは思えないほど、まだ平らなままだ。
「しのぶ、ちょっと付き合ってくれない？」
真衣は唐突に言った。
「どこへ」
「行きたい所があるの。
車ですぐだから」
「食事の途中です」
「そんなのいいから」
私が断っても、少し苛立ちを見せた真衣は怯まない。
戸惑っていると、童磨が「夜のドライブ？俺も一緒に行きたい」と、無邪気な笑みで言った。
真衣の返事も待たず、童磨は鍋をそのままに、さっさと居間の暖房を消してコートを羽織る。
「ほら」
彼は、私にもコートを差し出した。
珍しいことだった。
童磨は無遠慮で大雑把なように見えて、人の感情の機微に敏感な男だ。
この部屋に来ても、私が1人でいたい気分だと察すると、すぐ帰る。
私は、童磨は自分がして欲しいことを、人にもしているのだと解釈していた。
つまり自分が求めた時に、求めたよりもほんの少し足りないぐらいの割合で、誰かと心を寄り添わせたいと願っているのだーーと。
童磨の今の言動は、その原則から大幅に逸脱している。
驚いて反論も出来ずにいるうちに、私は玄関から外に出ていた。
値段の張る仕事着のままだと気づいたが、もう戻ることは出来ない。
「じゃあ、行こうか」
そう言って先を歩く真衣を、ドアの鍵を閉めた童磨に促されるようにして追う。
アパートの前の道路には、メタリックベージュの軽自動車が停まっていた。
真衣の愛車だ。
以前この車で、真衣と2人で箱根の温泉に遊びに行った。
ロックを解除した真衣は、運転席に乗り込みながら「悪いけど、2人とも後ろに乗って」と言う。
ドアを開け、腰を屈めて車に乗ろうとした私は、そこで動きを止めた。
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作者名：真 | 作成日時：2022年9月28日 16時
