アヴェ・マリア【胡蝶しのぶ】 (ページ11)

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後部座席に先客がいたからだ。

運転席の真後ろの位置に、紀村由雄が座っている。

紀村由雄は、体の前で手首をネクタイで縛られていた。

「どうも」

紀村由雄は会釈した。

「どうしたの？
早く」

シートベルトをした真衣が、顔を半分だけコチラに向けて急かす。

紀村由雄と童磨に挟まれる形で、私は後部座席に収まった。

童磨は当然、手首を縛られた男の存在に気づいた筈だが、特に何も言わない。

大人しく座って、前方を見ている。

ただでさえ小さい車に3人も並んだので、身動きするのも苦労するほど狭い。

それぞれが居心地の良い姿勢を探っているうちに、車は発進した。

「あの」

紀村由雄が、やや身を乗り出した。

「僕、真衣の夫の紀村由雄です」

「童磨だよ」

童磨はにこやかに答えた。

「すみません、妻がご迷惑をお掛けして」

「いえいえ」

この状況でどうしてこういう会話になるのか、私には理解できない。

「あ、名刺」

紀村由雄は背広の内ポケットを探ろうとしたが、手の自由が果たせなかった。

「真衣」

私は運転席に呼びかけた。

「紀村さん、どうして縛られてるの」

「私が縛ったから」

真衣がおっとりした口調で答た後、「あの」と紀村由雄が声を出した。

「僕が言ったんです。
逃げないって言ったのに、真衣が信じないから『じゃあ、縛って良いよ』って」

「しのぶへの疑いは晴れたんでしょう？」

童磨は言った。

「もう紀村さんの手を解いてあげても良いんじゃないかな」

「・・・そうですね。
夫はしのぶと浮気をしていませんでした。
どうぞ、解いて下さい」

結び目は、それほど固くなかった。

私が手伝ってネクタイを解くと、紀村由雄は童磨に名刺を渡した。

童磨は名刺の裏表を眺めてから、それを自分のコートのポケットにしまった。

沈黙が車内を支配する。

真衣は迷いなくハンドルを切る。

何かに導かれるように。

見えない光が進路を照らしているかのように。

・

・

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アパートに程近いインターから、首都高速へ入ったところで、私は耐え切れなくなった。

「どこに向かってるの？」

「イエス様のお墓よ」

言葉は聞き取れたが意味がよく分からず、私は説明を求めて、隣に座る紀村由雄の顔を見る。