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玄師は喋りながらさっと調理台を片付け、あとは焼き上がりを待つだけとなった。
「こんなに簡単なら、アントニオさんご自身で作れるんじゃないでしょうか」
「作り方は簡単だけど、大嶋さんには無理なんですよ。
彼はアーモンドアレルギーなんです」
「そうだったんですか。
じゃあ、他のケーキの方が良かったんじゃないでしょうか」
玄師は腕組みして首を傾げた。
「何かタルタ・デ・サンティアゴでないといけない理由があるんだろうね」
「たるたでさんてぃあご？
このケーキのことですか？」
「そう。
『サンティアゴ』というのが、聖ヤコブのことなんだ」
「聖ヤコブさんって何をした人なんですか？」
「キリストの弟子の1人だよ。
ヘロデ王に殺された最後の殉教者と言われてる。
その遺体が埋められたのがスペイン、ガリシア地方のサンティアゴ・デ・コンポステーラと言われていてね。
キリスト教の巡礼地として有名な街なんだ」
真衣は猫のように大きな目をくるりと回した。
「なんだか授業みたいになってきましたね。
玄師さん、地理や歴史も好きなんですか？」
「特別に好きということはないけれど。
お菓子を作る時に、由来やお菓子が産まれた土地のことを知っていると、より美味しいお菓子を作れるような気がするんだ」
真衣はまた目をくるりと動かす。
「それじゃ、どんなお菓子の由来も知ってたりするんですか？」
「まさか。
知らないお菓子の方が多いよ。
駄菓子なんかはどれくらいの歴史があるのか分からないものなんてザラにある。
同じお饅頭でも『元祖』『本家』『宗家』なんて名乗って、それぞれの店が乱立している事もあるし」
雑談をしている間に、オーブンからは良い匂いが漂ってきた。
アーモンドと卵の柔らかな香りは、どことなく郷愁を秘めているように思われる。
「焼き立て、楽しみだなあ」
「焼き立ても良いですが、翌日以降の方が味が馴染んで美味しくなりますよ」
「パウンドケーキと同じなんですね」
「焼き菓子は大抵そうだね。
生地も焼く前に寝かせた方が良い場合もありますよ」
「生地を寝かせるのとすぐ焼くの、このケーキはどっちが美味しいんですか？」
玄師は調理台に1つだけ置きっぱなしにしてあったボウルの中身を真衣に見せた。
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作者名：真 | 作成日時：2022年7月16日 23時
