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「恋愛関係だよ。
誰かに言いたいのに言えない気持ちとか、眠れなくなるような切なさとか。
相変わらず、全く無いわけ？」
真衣はムッとして、富士峰に出してやった緑茶をぐいっと飲み干した。
「僕のお茶！」
「お茶が飲みたいなら喫茶店に行きなさい」
カランカランとドアベルが鳴って、2人は入り口に顔を向けた。
放浪から戻った玄師が、2人の視線を受けて微笑んだ。
「おや、富士峰くん」
「どうも、ご無沙汰しています」
「今日は真衣さんに叱られに来たのかな？」
「違いますよ。
予約しに来たんです。
歴とした客です」
玄師はわざと目を丸くする。
「富士峰くんがお客様になってくれるなんて、10年ぶりくらいじゃないですか？」
「僕がこの店に初めて来てから、そんなに時間経ってないですよ。
それに、先月もお菓子を買いに来たじゃないですか」
「そうだっけ」
「そうですよ。
この間はコーヒーゼリーを。
先代から続いている伝統の味わいだって言ったら、洋子さん凄く感激してくれて」
玄師はショーケースに並んでいるコーヒーゼリーを横眼で見る。
「あのコーヒーゼリーはお土産用だったんだね。
だったら、甘く食べられるように特製シロップでも付ければ良かったかな」
「苦いままで食べると、何か問題があったんですか？」
「うん。
あれは先代のーー俺の祖父が失恋で痛めた心を思う存分に注ぎ込んだ、苦い思い出のゼリーなんだ」
「・・・何だかおめでたくない感じですけど」
「そうだね。
幸先が悪かったかもしれないね」
富士峰はがっくりと肩を落とした。
「そんな事情があるなんて。
真衣は知ってたの？」
「うん」
「じゃあ、ひと言忠告してくれても良かったじゃないか」
「したでしょ、苦いよって」
「そうじゃなくて『恋する2人には、もっと甘い物が良いんじゃないかな』とかさ」
「富士峰が一足早く失恋の苦い想いを予習できるようにと思って」
「獅子みたいに、子供を崖から落とすのは止めてくれる？」
「じゃあ、そっと背中を押すわ」
富士峰は口を大きく開けて反論しようとしたが、何かを諦めたかのようにがっくり肩を落とした。
「もういいよ。
僕には、洋子さんに誕生日ケーキを贈る資格なんか無いんだ」
玄師が慰めるように優しく尋ねる。
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作者名：井原 | 作成日時：2022年11月24日 22時
