任命 ページ9
「事務所で見かけた事ある」
淡々と事実だけを話すパステルカラーの彼。
よく知ってる顔なのに、初対面なのだ。
彼は私を見かけていたらしいけれど…。
「そうだったんですね。ということは貴方も翠石組の？」
「は？あんな奴らと一緒にするんじゃねぇー」
ただの雇い主だ、何のカンケーもねぇ。と悪態をつく。
「みんな、いい人達ですよ？」「よく知らねーよ」
「つーか、これ、どーすんだよ？
アンタも歩けなそうだし」
折れたピンヒール部分を拾いあげてくれた。
それを見て、アンから貰った靴を失ったことを実感する。
大切にしてたのに。思い出深い物なのに。
泣くつもりは無かったけど
自分の不甲斐無さに涙が溢れた。
「あーもう、泣くな。…おぶってやっから」
「いや、いいですよ！そんな迷惑かけられません」
それにガリガリな彼は、おぶさったら潰れてしまいそう。
「店までだろ？俺も事務所に用があるから、ついでだ」
「でも…」
「うっとうしーんだよ。泣かれんのも、ついてこられんのも。」
ぶっきらぼうに言い放つ。
ただ、そこには優しさが見え隠れしていた。
お願いします。と屈んだ彼の背中に覆い被さる。
意外と彼は力持ちで何の不安もなく店まで届けてくれた。
歩いて行ける距離、そんな遠くなくて良かったと思う。
「本当にありがとうございます！助かりました」
「別に。ついでって言ったろ」
「あ、お礼を！何か無いか見てきます」「だからいいって」
そんな言い合いをしていると
店から依織さんと善さんが現れた。
「あれ？珍しい組み合わせやな。一体どないしたん？」
「Aさんと…珂波汰くんじゃないか！」
事情を説明すると
みるみる依織さんの顔が曇っていく。
「やから、俺は反対やったんや」
ただでさえ治安の悪い地域に住んでんのに。と続ける。
依織さんに拾われた時に一緒に暮らさないか？
という提案を断ったのは私だ。
スラム街の外れにある、あのアパートは
私の実家であり、母との思い出が詰まった場所。
『A、いい子にしてたら直ぐに帰ってくるからね』
そんな約束は守られない。
頭ではわかっていても、母の帰りを信じてしまう。
馬鹿みたいにずっと
顔も覚えていない女の帰りを待って十数年が経った。
「無理に新しい仕事、始めんでもええんやで？」
「出来ることは全部したいんです。今日はたまたま…」
なんとか依織さんを説得する。
「それなら珂波汰君に送り迎えを頼むのはどうでしょう？」
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作者名：わんしゃん | 作成日時：2022年12月29日 23時
