暴君、ご満悦。/兄 ページ7
急に雨が降ってきたため、ちょうどAの仕事が終わるであろう時間に車のエンジンをかける。確か、アイツは傘を持っていかなかったはず。
会社の前に来ると、やはり傘を持っていかなかったAは入口でどうしようかと考えあぐねているようだった。
「A!」
車の窓を開けて名前を大声で呼ぶと、こっちに気づいた彼女は嬉しそうな顔で近寄ってくる。……うん、可愛い。
「良かった〜どうしようかなって思ってたところだったの、ありがとう」
「傘持って行かなかったなと思ってよ。よかったわ、このまま飯でも食いに行こうぜ」
しゅっぱーつ!と元気のいい声を上げる彼女を横目に車を出す。
しばらく進んでからだろうか、信号が赤になり止まった直後、いつもとは嗅ぎなれない匂いに思わず顔を顰める。
「なあ、なんか匂い、いつもと違わねえ?」
「えっそうかな?なんでだろ」
うーんと考える素振りを見せてから、あ!とAは声を零した。
「雨降ってからすごく部屋がジメジメしててね、同僚が制汗シート貸してくれたの。その匂いかもしれないね」
ああ、なるほど、と呟くものの内心ムスッとする。だってコレ、男物の制汗シートじゃんかよ。なんだか気に食わない気持ちでアクセルを踏む。
「匂いキツかった?ごめん」
「いや、そういうわけじゃねえけど……」
路線変更。行こうと話をしていた店の道から逸れると一通りのない細い道に1度車を停める。シートベルトを外して助手席へ乗り出し座席に手をついて、不思議そうな顔をする彼女の首筋に顔を埋めた。
「わ、わ、なに!?」
「……お前から俺のじゃない男物の匂いすんの、やだ」
制汗シートのせいで皮膚の感覚が麻痺しているのか、いつもならくすぐったいと体を押されるのに、今では大人しく受け入れていることにも気に食わない。感覚が疎いのをいいことに、ガブっと噛み付いた。
「っえ、な、」
体を起こし、顔を真っ赤にしたAを見ると満足そうににんまりと笑う。
「さ、飯食いに行こーぜ。それ隠しとけよ」
今の俺はかなりご機嫌。文句ありげにくっきりとついた噛み跡を手で隠しながらこっちを睨んでくるAが気にならないくらいには、な。家に帰って拗ねるであろう彼女をどう宥めようか、ぼんやりと考えながらシートベルトを付け直して再び車を出した。
END
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作者名:造 | 作成日時:2018年5月18日 6時