32.追憶 ページ32
訳も分からず、まだ見知らぬ魔法使いにすがったあの日。銃弾を浴びて倒れ込んだ有岡を抱きかかえながら、私は大きな決断を迫られた。
『‥‥本当に、助けてくれるの?』
『もちろん。Aが引き受けてくれるなら、大ちゃんのその傷、治してあげる。』
悩んでいる時間なんてなかった。
‥‥いや、そんな時間最初からいらなかった。自分がどうなろうと、ただ、生きていてほしかったから。
『分かったわ、引き受ける。』
『‥‥じゃあまずは、Aから。』
彼が私の顔に手をかざすと、
ほんの一瞬、自分の身体が光ったのが分かった。
『さて、今度は約束通り、』
このままじゃ本当に手遅れになっちゃう、そう言うと真っ赤に染まった有岡の胸元に手を置いた。
すると、ゆっくりとそのまぶたが開く。
まだ、意識が朦朧としている有岡。
今しかない、そう思った。
『ねぇ、貴方は記憶も消せるの?』
『まぁ、できるけど‥‥』
『じゃあ、今すぐ有岡の記憶から私を消して』
途端に彼の目が丸くなる。
『へ‥‥?』
『いいから早く!!!』
『Aって変わってるね。大抵消さないでって泣き喚くもんじゃないの?』
『有岡なら、他の家でも務まるから。私なんかに構わず、執事として全うしてほしいの。』
あ、そう。
一言つぶやくと、有岡の額に手をかざした。
だが、すぐに顔が曇る。
『‥‥A、』
『なに。』
『今日起きたことしか消せない。』
『なんで、』
強すぎて、魔力が通じないんだ。
彼が何度やっても、状況は変わらなかった。
結局、私の記憶を持ったまま、有岡は屋敷から解放されることになった。
‥‥その直後だった、態度が一気に変わったのは。
『大ちゃんは解放したよ。だからここから先は、』
俺の言うこと全部聞いて。
『ちょっと待って私そんなこと』
『言い訳は許さない。あ、それと今日から君は"月影A"ね。』
『は‥‥?』
少しでも否定しようとすれば、床に叩きつけられて。
『だから、本名名乗るなって言ってんの。』
『どうしてそんな‥‥‥‥っ、ぐっ‥‥!』
理由を聞こうとすれば馬乗りになって首を絞められて。
気づけば私は身を守るために、どんどん抵抗しなくなっていた。
だけど、気になってた。いつも一瞬だけ苦しそうな顔すること。
ーーー今なら分かるよ、慧。
月の光は、当然月がなければ存在し得ない。
‥‥お兄様から依頼を受けたとき、気づいてたんでしょう、私は所詮お兄様の手中だって。だから、匿おうとしてた。あえて酷いやり方で。
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作者名:日和 | 作成日時:2020年11月22日 18時